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儚き星々 10
芦谷と二井谷が何事か会話をしているが、此処からでははっきりと聞こえない。
彼女の手を引き、辺りの動向を窺いながら、危害が及ばない場所を求めて移動する。
静観を崩さぬ由布を薄気味悪く感じるも、簡単に手を出せないところまでは離れられた。
しかし、まだ安心出来る状況ではなく、一向に不穏なこの事態を呑み込めていない。
「彼等と一体何が……」
見渡しながら声を掛けると、返答に戸惑う空気を感じる。
視線を向ければ、俯く姿が映り込み、何と言って良いか分からない雰囲気を帯びている。
「アタシも、よく分からない……。何から話せばいいのか……。突然だったから」
そっと手を離し、改めて彼女の姿を見つめる。
一体何処を歩いてきたのか、衣服のところどころが汚れ、ほつれている様相から、長時間険しい道のりを彷徨っていた事が窺える。
一体どうしてそんな事に……?
來との関係も気に掛かり、聞きたい事は山程あるが、落ち着いて話を出来る空気ではない。
痛々しい傷を負っている事も気になり、たまらず再度声を掛けるも、彼女は大丈夫と言って気丈に佇んでいる。
「ありがとう、助けてくれて」
「安心するには、まだ早いですよ。事態はまだ、拮抗しているので」
「それでも、何の関係もないのに追い掛けてきてくれたでしょ。正直、今度こそやばいと思ってたから、助かった……」
「無関係とも、言い切れないかもしれません」
「え?」
つい数分前までは、何の関係もないと思っていた。
だが今では、此処に居る誰よりも根深く絡み付く人物のように思えて、自然と芦谷に視線を向けてしまう。
それに気付いた女性が同じ方向を見つめるも、此処からではよく分からないだろう。
もう少し近付きたいが、二井谷との距離が縮まれば何を仕掛けられるか分からない為、警戒を怠るのは危険だ。
歯痒いけれど距離を保ち、芦谷と二井谷の動向を窺う。
「なぁ、兄ちゃん! やっぱりどっかで会った事ねえか!?」
「あるわけねえだろ、しつけえな」
勢い良く振りかぶってきた拳を躱し、追撃を回避しながら顔色一つ変えずに答える。
見るからに適当そうな輩なので、きっと大して考えていないに違いない。
もしかしたら本当に会った事があったのかもしれないが、印象にも残らないような相手であったという事実だけで十分であった。
「ま、そうだよなあ。でも何かなあ、さっきから引っ掛かるんだよなあ。何でだろうなぁ」
「お前みてえな小汚い奴なんか知らねえよ」
「あ、酷ェなあ。ちゃんと毎日風呂入ってんだぞ!」
「知るかよ。興味ねえよ、テメエのことなんか」
二、三言葉を交わしてから再び空気が張り詰め、二井谷の笑みと共に繰り出された拳を躱す。
次いで隙を突き、顔面への攻撃を躱されてからもう一方の拳を脇腹に叩き入れ、そのまま再度頬に繰り出せば鈍い感触が残る。
攻撃が通った事に気付く頃、笑いながら繰り出された拳が頬に命中し、軽薄な雰囲気からは考えられないような重たい一撃に後退しそうになるのをぐっと堪える。
間を空ければ不利になると感じ、すぐさま攻め込んで腹部を殴れば二井谷が後退し、力いっぱいに壁へと一気に押し込む。
しかし、それで動きを封じ込めるはずもなく、背中を思い切り殴打された事を切欠に離れ、両手で首を掴まれたまま振り回されると、よろけた身体が壁へと叩き付けられる。
ぶれた視界に鋭い影が横切り、それが何かを察する間もなく身を屈めて避ければ、回し蹴りをした二井谷が楽しそうに笑う姿が映り込む。
「ははは、やるじゃねえか。お前。久々に楽しいわ」
「舐めやがって……」
芦谷も笑みを浮かべるも、うっすらと怒りを帯びている。
だが、一筋縄ではいかない事を嫌でも理解しており、突如として現れた獰猛な獣を前に、眠れる闘争心に火が灯っていく。
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