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儚き星々 12

あの時、偶々見掛けて追い掛けてきたが、見過ごしていたらと思うと寒気がする。 袋小路へと追い込まれた彼女が、万が一にでも切り抜けられた可能性は限りなく低い。 後を追っていたとしても、芦谷やヒズルが居なければ今頃どうなっていたか分からない。 一人で相手をするには不利であり、運が悪ければ無事では済まなかったかもしれない。 「何をした」 複雑な事情を抱える莉々香を密やかに見つめていると、ヒズルが淡々と口を開く。 「何もしてない……」 「本当か」 「何もしてないって! 少なくともこんな目に遭わされるような事は、何も……」 「売られたと言っていたな。誰にだ」 「分からない……。突然、追い掛けられて……、必死に逃げたけど、捕まったの」 「何か特徴はなかったか」 「暗かったし、そんなの見てる余裕なんて無かった……。でも、一人は女だった。それも、とんでもなく性格の悪い」 「女か。他には何人いた」 「よく覚えてないけど……、2、3人いたかな。一人は、女と近い関係っぽかった」 「そうか。紐解くのは難しそうだ」 手掛かりを探ろうとしたようだが、彼女ですら状況を整理出来ていない。 訳も分からず追われ、捕らわれ、そうして逃げても執拗に追い掛けられている。 「その、貴女を追っていた女に見覚えは……?」 「ない。でも、あっちはアタシの事を知っているみたいだった。しかも、かなり恨まれてる」 「そう、ですか……。何故恨まれているか、何か彼女は言っていませんでしたか?」 「それは……、漸と関わったから……」 「漸……?」 その名前を聞いた瞬間、時が止まったかのような静寂が訪れる。 ドクン、と鼓動が跳ね上がり、思わず窺うようにヒズルへと視線を向けてしまう。 「なるほどな」 微かに溜め息が聞こえ、全てを悟ったかのようにヒズルが言葉を紡ぐ。 「先に戻る」 「あ……、おい!」 踵を返し、さっさと立ち去ろうとするヒズルに気が付き、咄嗟に後を追う。 「何か分かったのか?」 「さあな、お前には関係のない事だ」 「しらばっくれるな。漸の名前が出た以上、無関係とは言わせない」 「お前が知ってどうする。奴等とは関わり合いにならないほうがいい。無闇に人を売るなと言っておくさ」 「彼女を追い詰めた奴に心当たりがあるのか?」 「忠告のつもりで言っているが、伝わらないか。これ以上、俺を困らせるな。ナキツ」 くしゃりと髪を撫でられ、振り払って距離を取る。 「話はまだ、終わっていない」 「いいのか、いつまでも俺に構っていて。二人の元に行ってやれ」 「ヒズル……!」 「さっきの奴等の事は知らないが、アイツを売った人間には心当たりがある。今言えるのはそれだけだ」 そう言って去ろうとするヒズルの腕を掴むと、彼が静かに振り向く。 「そんなに俺と離れがたいなら、付いてきても構わないが」 手を差し出されて、ようやく我に返って鋭い視線を送る。 それを合図に、何事も無かったように向き直ると、ヒズルがこの場を去って行く。 まだ言いたい事も、聞きたい事も山程あったが、彼の口を割らせるのは難しい。 背中を見送る事しか出来なくて歯痒いが、きっとそのうちまた機会はあるのだろう。 ヴェルフェとの縁が切れない限り、彼ともまた、無関係ではいられないのだから。 「すみません。俺達も、移動しましょうか」 「ああ、そうだな」 「あの人……、何か知ってるの……?」 芦谷と莉々香の元に戻れば、彼女がヒズルの後ろ姿を遠くに見つめながら口を開く。 「詳しい事は、何も……。ただ、漸という男なら、俺達も知っています」 「え……?」 このような繋がりがあるとは、思い付きもしなかった。 恐らくヒズルは、莉々香を陥れた犯人をすでに察している。 だが彼女にそこまで言う気にはなれず、言葉を濁しながら漸へと話題をすり替える。 こちらも厄介な案件ではあったが、見て見ぬ振りをするわけにもいかなかった。

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