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暗愚の導き手 1
時間通りに、男はやって来た。
扉を開け、心細そうに辺りを見回しながら歩き、やがて気付いて安堵の表情を浮かべる。
早足で近付き、目的の場所へと辿り着き、視線を合わせてからようやく面子を理解する。
途端に顔色を変えたナギリの心情が手に取るように分かる。
自分だけがこの場に呼ばれた不自然さに、青年の表情は見る見るうちに曇っていく。
「どうした、ナギリ」
「あ、ヒズルさん……。あの、憂刃は……」
「アイツには声を掛けていない」
「そう、なんですか。二人が俺に、何の用なんでしょうか……」
控え目に視線を向けたナギリの瞳には、長椅子に足を伸ばして寛ぐエンジュが映り込む。
「俺は別にテメエになんか用ねえよ。そこの仏頂面に呼ばれただけだ」
「ああ見えて素直だからな。呼べばこうやってすぐに駆け付ける」
「テメエがしつけえからだろうが!! 執拗に連絡寄越しやがって!!」
「それでも来てくれるところがお前の優しさだな」
「真顔で淡々と気持ちわりいことをぬかすな!!」
「まあ、座れ」
怯えた様子で事の次第を眺めていたナギリに声を掛けると、彼はようやく椅子へと腰を下ろす。
「呼ばれた理由を分かっているか」
「え……」
「最近、女を売ったな」
「あ? 売ったァ?」
顔色を変えて視線を逸らすナギリに、背凭れに身体を預けたエンジュが声を上げる。
「売ったって何だよ。そんな商売始めたのかよ、テメエ。儲かんの?」
「いえ……、それは……」
「憂刃の機嫌を損ねた人間の処理か。今までもそうしていたのか」
「違います……。これは、最近で……」
逃れられないと観念したのか、遠慮がちながらも問われた事には渋々と答え始める。
それを横目に、取り出した煙草に火を点け、燻らせた紫煙を何の感慨もなく眺める。
「後で憂刃にも同じ事を聞く。手を回してもいいが、恐らく無駄に終わるだろうな」
「罰なら受けます……。でも、憂刃だけはどうか……」
「勘違いするな。お前達をどうこうしようとは思っていない」
「え……。それなら、どうして……」
「売り渡した先に興味がある。知っている事を全部話せ。いいな」
淡い照明に彩られ、深紅の髪が光沢を帯びている。
視線を向ければ、思い詰めたような表情を浮かべながら、膝の上で拳を握り締めている。
コイツに聞いても無駄かもしれないが、少しは足しになるだろう。
紫煙の先にて悲壮感を孕ませる青年を眺め、腸 から何処まで引き摺り出せるか算段する。
十中八九憂刃の暴走で、ナギリには大した説明もされていないだろう。
憂刃に直接聞いた方が手っ取り早いが、この男の心境にも興味がある。
悪夢のような人間に寄り添う病的なまでの健気さは、一体何処まで歪に続いていくのだろうか。
「俺じゃ、役に立てないかもしれないです……。憂刃からは、何にも知らされてなくて」
「おい、テメ嘘ついてんじゃねえだろうなァ」
「ホントです……! あの時だって、俺は何も、聞いてなくて……」
「あ? あの時って何だよ、ハッキリ喋れ」
「莉々香さんて人を、受け渡しました……」
莉々香と聞いて、数日前に顔を合わせた人物の事を思い出す。
それが無事だと知ったなら、特に憂刃はどんな顔をするのだろうか。
救う手助けをしたと逆上し、刃物を突き付けられてもおかしくはない状況だなと冷静に思い浮かべる。
そうして白銀の青年が脳裏を過り、憂刃が暴徒と化したところで高見の見物を決め込む姿が想像できる。
「莉々香だァ? 誰だよ、そいつ」
「興味があるか、エンジュ」
「ねえよ、バ~カ。ンなところに呼び出しやがって何の発表会だっつうの。まだあのチビといるほうが退屈しねえわ」
「なんだ、楽しかったのか。有仁が」
「まあなァ、テメエよりはからかい甲斐があって楽しめたわ」
「俺はお前と居て楽しいぞ。からかい甲斐があって」
「テメ殺すぞコラ!」
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