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鬼事遊び 〈3〉

冷え冷えと、凍てつくような眼差しで見下ろし、間の悪い女を捉えている。 そよと風が、此の身を撫でてから艶やかな黒髪を靡かせ、憂刃の頬を擦っては視界を阻んでいる。 それでも構わず、くすりともせずに莉々香を凝視し、憂刃は無言を貫く。 つい先程まで、高飛車に笑んでは女をいたぶっていたというのに、今や生気を抜かれたように大人しく佇んでいる。 「な、なによ……」 不穏な気配に、莉々香は怯えを滲ませながらも食って掛かり、懸命に折れそうな心を奮い立たせている。 それでも手元を見れば、隠そうとするも僅かに震えており、必死に虚勢を張って憂刃を睨んでいる。 きっと今も、脳裏を過っているであろう存在は一人であり、叶わぬ恋慕を一心不乱に白銀へと積み重ねている。 一瞥して、そうして彼女を見下ろし、一時の静寂を風が通り過ぎていく。 荘厳なる月も、目映いばかりの星辰(せいしん)も行方を眩まし、絶望へとひれ伏す夜だけが視界を覆っている。 「車……?」 静けさが漂えば、次いで珍しく車が通り掛かり、どうしてか後方で停車する。 てっきり通り過ぎると思っていたのに、異変に気付いて振り返れば一台が息づいており、そのうち助手席から誰か下りてくる。 まさか不審に思われたか、と過らせてから辺りを見回し、取り繕うには大層無理がある現状だ。 それならば黙らせ、余計な真似をせぬよう実力行使するしかないと一歩を踏み出せば、とんと腕に触れられて思わず視線を注ぐ。 「……何? どうした」 憂刃、と呼び掛けそうになるも堪え、努めて冷静に話し掛ければ黒髪を揺らめかせ、見つめられる。 「た、助けて……! ねえ! ここっ……、ここよ!」 第三者の訪れに気付き、莉々香が地べたに手を付きながら声を張り上げ、助けを求め始める。 すぐさま黙らせようとするも、再び制されて見つめれば憂刃が首を振っており、微かに笑んでいる。 「嬉しそうだねえ。そんなに喜んでもらえるなんて、僕とっても嬉しいよ」 言いながらしゃがみ込み、次いで状況を呑み込めないでいる女が困惑し、満足そうに笑い声を上げてから憂刃が振り返る。 「コイツ連れてきて。お迎えが来たからさ」 控えていた手駒へと、声を掛けてから立ち上がり、行こうと腕に触れられる。 「これって……」 「うん、予定通りだよ」 「聞いてない。あいつら誰だ」 「さあ、誰だろう。僕もよく分かんないんだよね」 「分かんないって、お前……。そんな怪しい奴等にどうやって関わったんだよ。それに彼女は……」 「うるさいなあ……。ねえ、どっちの味方なの?」 先頭を切りながら、傍らで歩いている憂刃へと小声で話し掛け、一言も説明されていなかった事態に戸惑いを投げ掛ける。 けれども彼は、素知らぬ顔でのらりくらりとかわし、終いには眉を顰めて剣呑な雰囲気を湛えてくる。 「俺は……、お前の味方だけど……」 「ならいいじゃん。何にも問題ない。クソアマを引き取ってもらうだけだから、すぐに済むよ」 「引き取るって……、何処に?」 「そんなの僕が知るわけないじゃ~ん。後は好きにしてっていうか、漸様の視界から確実に消えてくれればそれでいいからさ」 そう言って笑い、困惑を余所に歩を進め、後方からは空しく半狂乱の叫び声が響いている。 計画と違う、いつも通り気に入らない輩を満足するまで痛め付けて終えるはずが、見知らぬ存在が前方で待ち構えている。 街灯により、仄かに照らされた一帯にて佇み、三人の男がじっと見ている。 一目でがらの悪そうな、がっしりとした体躯で黒髪の人物に、一人だけ金髪の青年が混ざっていてやけに目立っている。 眉一つ動かさぬ二人に比べ、金髪の青年は動揺しているかのように表情を歪めており、緊張感が伝わってきて不思議に思う。 「アイツは……?」 「知るわけないでしょ。どうでもいいじゃん」 「まあ、そうだけど……」 「余計なこと言わないでね」 「分かってるよ」 前を見据え、小声で返しながら歩を進め、憂刃が足早に先へと赴く。 程無くして立ち止まり、合図に斜め後ろで足を止めると、次いで傍らに莉々香を連れた仲間が現れる。 一縷の望みを挫かれ、徒花からは悲壮感が漂っており、新たな刺客を見つめながら黙りこくっている。 前方を見やれば、品定めするかのような視線がさ迷い、二人が顔を見合わせている。 側で、金髪の青年は距離を置いて佇み、一点を見つめては戸惑いを浮かべる。 何をそんなに見ているのかと思えば、囚われの莉々香であるとすぐにも分かり、どうにも二人との温度差を感じて気にかかる。 視線を逸らせず、そもそもこいつら何者なんだと情報を得ようとするも、見てくれだけでは流石によく分からない。 件の青年だけなら、同じ穴のむじなと考えても良さそうだけれど、どうにも同行者からはもっと別の、好ましくはない香りが立ち込めているように感じる。 まさかヤクザとか……、でも、それにしてはラフな格好してる。 それならチーム……、にしては目付きが危うくて、ヴェルフェにもこんな奴らはいないよな……。 順に眺めながら思案するも、結局は答えになんて辿り着けぬまま時が過ぎ、憂刃が口を開いて我に返る。 「ちゃんと来てくれたんだ。騙されたかと思った」 にこやかに憂刃が語り掛け、物怖じせずに面々を見つめている。 「そいつか」 微笑を前に、多少は気を緩めるかと思いきや無感情に、淡々と言葉を放っては指をさしてくる。 「愛想悪~い。そうそう、コイツ。ちょっと傷付けちゃったけど、まあ問題ないよね?」 呆れたように、鼻で笑ってから後方を指し示し、彼等に贈る荷であると窺わせる。 何の為に引き渡すかも分からぬまま、憂刃は至って冷静に佇んでおり、最早潰えるばかりの邪魔者からとうに興味を失っている。 居なくなればそれでいい、そういう事なのだろう。 結局どちらに居ても、彼女にとっては気の毒な展開にしかならないであろうし、止めようとも思わない。 思考はするも、表には出さずに口を閉ざし、先程から気になっている金髪の青年を視界に収める。

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