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鬼事遊び 〈3〉

路肩へと、鈍色のワンボックスを横付けされてから、緩やかに筋書きが狂う。 エンジンは切られず、長居するつもりはないようであり、煌々と前照灯が景色を浮かび上がらせている。 側面にて、暗色の車窓を背に三名が並び、見知らぬ顔ばかりで薄気味悪い。 何処にでもいるような、ありふれた風体をしていながらも、二人からは妙な違和感が付きまとう。 かと思えばもう一人には、傍目からでも何処と無く危うさが漂っており、凸凹な組み合わせにますます事態を把握しきれずにいる。 「それにしてもいかにもな車だよねえ。外からは何にも見えないなんて」 思考を巡らせれば、額に手を当てながら背伸びし、憂刃が何事か紡いでいる。 長髪を揺らめかせ、覗くように上体を逸らし、人には釘を刺しておいて随分と余計な事を口走っている。 「不満か」 中央の男が、顔色一つ変えずに淡々と返し、絡み付くような視線を注ぐ。 万一に備え、三者の動向を探りながら佇むも、今のところ火種は燻らない。 「まさか。寧ろ好感がもてるよ。しっかり仕事してくれそうじゃん?」 異様な雰囲気を前に、憂刃は臆することもなく微笑み、黒髪を靡かせる。 手を伸ばせば触れられる、そんな距離に居ながら遠退いていくようで、見知らぬ世界にどんどん足を踏み入れては染まっていく。 嬌笑し、身振り手振りを交える様を見て、再び金髪の青年へと顔を向ければ相変わらず、眉根を寄せて思い詰めた表情をしている。 何か言いたそうにしていながらも、足下を見つめては居心地悪そうにしており、三者では最も立場が弱いのであろうかと勘繰る。 黄金色の髪を逆立て、耳には幾つものピアスが連なり、眼光の鋭さから近寄りがたい雰囲気を湛える。 同類であろうことは明白で、殆ど目線も変わらず、もしかしたら年齢にも然程差はないのかもしれない。 「で、そちらの首尾は?」 視線を巡らせれば、招くように一方の手を差し出し、猫なで声を聞かせて憂刃が微笑んでいる。 金髪の青年はともかく、相手方の二人は手慣れているのか動じず、そういえば憂刃と初対面であろうに顔色一つ変えていない。 大抵の輩は、見目麗しい容貌を前に態度を一変させ、下衆な下心を覗かせては何とか近付こうとする。 けれども彼等は、特に二人からは感情の機微が窺えず、憮然と佇みながら一同を値踏みし、不測の事態に備えて延々警戒している。 ヒズルさんみたいだな、と一瞬思うも考え直し、彼等よりは余程親しみやすいと訂正する。 甘やかな声音を響かせられても、微笑まれても二人は揺らがず、傍らへ視線を向けたかと思えば何かを受け取り、リーダー格の男が憂刃に差し出す。 一連を前に、手元をしげしげと見つめてから顔を上げ、蠱惑的な眼差しと共に艶然と憂刃が笑む。 そうして受け取れば、分厚い封筒の中身を改め、抜き出された紙幣が外気へと生々しく晒されていく。 「ちょっと……、何なのよそれ」 恐る恐る、唇を震わせながら莉々香が声を上げ、目前にて執り行われている取引を愕然と見つめる。 囚われたまま、目先の交渉を阻めもせずに立ち合わされ、やがて何を引き換えに差し出すつもりでいるのかを嫌でも察していく。 「君さァ、結構いい値で売れたよ。今まで散々遊んできた分、これからは一生懸命ご奉仕しなくちゃダメなんだよ? ね、可愛い可愛い莉々香ちゃん」 振り返り、黒髪を靡かせながら微笑む様はさながら死に神のようで、贄の首へと鎌を掛けては絶望の淵へ嬉々として追い詰める。 ただ痛め付けるだけでは、気が済まなかった。 余程許せなかったのであろう、危険が伴おうとも確実に視界から消し去る方法を選び、恐らく莉々香はこれから欲望の名の下に夜の街へ沈められていく。 「二度と這い上がってこれないように、徹底的に沈めてくれなきゃやだよ? 懺悔も後悔も慟哭も、何もかもが届かない暗がりに放ってあげて。それが望み、それだけが望み。宜しくね……? お三方」 くすりと笑い、三者へと向き直りながら声を掛け、悪びれもせずに理不尽な取引を続けていく。 相手方も、憂刃と女に絡み付く因縁を感じ取りつつ、それでも不利益を被らない限りは何処吹く風のようであり、一人を除いて淡々と事を成している。 金髪の青年といえば、あからさまに動揺を滲ませながら見守り、視線を注がれている事にも気付かない。 どうしてこんなところに、と疑問を浮かべてしまう程、黄金色の青年だけが異質な存在感を放っており、つい気になって動向を観察してしまう。 そういえば名前……、何て言うんだろう。 寡黙に徹し、粛々と佇みながらもつい過らせ、何処と無く危うげで頼り無い青年を視界に収める。 事態を把握しきれていないように窺えて、現状を知らされていなかった己に重なり、親しみやすさでも感じてしまったのだろうか。 どんな関係で、どんな立場で、何の為にそこにいるのか、彼の瞳に映り込む景色が何となく気になった。 「よし、じゃあ行こうか。長居は良くないからね」 「なっ……、いや! 離して! こんなの許されない! 何しようとしてるか分かってる!?」 「分かっているなら何……? お前うるさいなァ…… 、耳障りだから早く消えてよ」 「ゆ……、許さない、許さない許さない! 殺してやる!!」 押さえ付けられながら、逃れようと必死に手足へと力を込め、諦めきれずに一筋の光を渇望する。 しかし現実は無情で、非情で、暴力的なまでの無慈悲を叩き付け、涙を湛えながら鬼のような形相で憂刃を睨め付けるも、そんな事で怯んだりしない。 寧ろ嬉々として髪を引っ張り、ぎりぎりと音を立てそうな程に握り締め、間近で顔を合わせている。 「アンタよりは長生きするよ。あったかいところでさァ……、逃げられると思うなよ。お前もう終わりなんだよ」 笑んでは突き放し、死に物狂いで暴れようとも現状を変えられず、叫ぼうとも虚空へと掻き消え、やがて無理矢理に歩かされて鈍色の檻へ押し込まれていく。 「アッハハ、おもしろ~い。見たァ? あの顔」 鼻水出てたよね、と指差しながらけらけら笑い、車内からは未だ抵抗する声が聞こえてくる。

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