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鬼事遊び 〈3〉

唯一無二の月影も、金碧輝煌(きんぺききこう)の星影をも、果てしなき漆黒が容赦無く呑み込み、暗澹とした雲により一面を支配されている。 未だ雨は、かろうじて踏みとどまって零れず、地上へと逃れる猶予を残す。 嘲笑も、慟哭も、憤懣(ふんまん)も、全てが等しく空へと吸い込まれ、思い出したかのように小夜風が流れていく。 可憐な徒花を一つ、二つ三つと摘んで、今宵で一体いくつ目であっただろう。 もう、思い出せない。 「あ~、スッキリした」 目前では、未だ鈍色の自家用車が横付けされており、開け放たれた後部座席からは甲高い悲鳴が零れる。 それでも憂刃は、すでに事を終えたかのように興味を無くし、大きく背伸びをしながら声を上げている。 そうしてはい、と声を掛けられたかと思えば見つめられ、手にしていた封筒をいきなり投げ付けてくる。 不意打ちに驚き、咄嗟に腕を伸ばして何とか受け取り、直に厚みを感じ取る。 端から見ても、容易には手に入れられないような額と窺えたが、実際に持てば重みで再認識する。 口止め料も含まれているであろうそれは、馬鹿でもまっとうな代物ではないと分かり、封筒を握っている自分は相手方と然して変わらぬ悪党そのものだ。 分かってはいる、とうに受け入れてもいる。 変えられないからこそ共に静かに堕ち、現状に甘んじているのだから。 「気掛かりなゴミが一つ片付いた。これでようやく、安心して眠れるよ。いい仕事してくれて助かっちゃったなあ。また次があったらお願いしようかな」 毛束を摘まみ、黒髪へと指を絡ませながら伏し目がちに、艶然とした唇から甘やかな声を発する。 相手方といえば、一人は運転席へと収まり、もう一方は後部座席に女を連れ込んだかと思えば、暫く音沙汰が無い。 ドアは開いているので、視線を向ければ内部は窺えるものの、分かりやすい場所に彼等は居なかった。 奥へと連れ込まれ、時おり聞こえてくる声も徐々に弱まり、視界には黒塗りの窓が映り込んでいる。 そうして側で、未だ金髪の青年が立ち尽くしており、俯いていて表情は一向に窺えない。 けれども両の手が、衝動を押さえ付けているかのように拳を握り締め、先程までと明らかに様相が異なっている。 「あ~あ、何か疲れちゃった。用も済んだし、そろそろ帰ろっか。車何処停めてる?」 「自分とってきます」 「うん、お願い」 変化には気付かず、憂刃は仲間へと振り返りながら声を掛け、返答に笑む。 二人が足早に、移動手段へ向かっていく後ろ姿を眺め、目の前では黒髪がさらさらと揺れている。 「何で……」 踏み出す憂刃に、続こうと顔を向ければ声が聞こえ、思わず視線を注ぐ。 憂刃ではない、己でもない、他に佇んでいる者といえば金髪の青年であり、彼はまたしても口を噤む。 「何? 何か言った?」 先を進もうとしていた憂刃も、声が聞こえたようで立ち止まって振り返り、眉根を寄せて問い掛ける。 大人しく首を振れば、第三者の存在に気が付いて目を細め、ぼんやりと立ち尽くす青年を見据える。 「キミ? まだ何か用? あるなら手短にしてくれる?」 憮然とした態度で、一方の手を腰に当てながら問い掛け、物言わぬ青年へと苛立ちを露にする。 同様に見つめれば、俯いていた青年が徐々に顔を上げ、鋭い眼差しを注いでくる。 「何その目……、やな感じ」 「何でこんな事が出来るんだ」 「ハァ? 何言ってんの?」 眉を吊り上げ、突如として睨め付けてきたかと思えば、首を捻りたくなるような台詞を紡いでくる。 現に憂刃は、呆れたように溜め息を漏らし、露骨に不快感を示している。 それでも彼は、構わずに怒気を湛えており、責めるような視線を向けていた。 「ねえ、何で僕達が責められてるんだろう? 分かる?」 「さあ……」 鼻で笑う憂刃に、戸惑いを滲ませながら返答し、視線は青年へと注がれる。 先程までは、困惑した表情で頼りなげに立ち尽くしていたというのに、今では感情を露にしている。 言っている事と、やっている事が矛盾しており、状況の整理が追い付かない。 何でこんな事をすると責めるなら、どうして彼女を浚っていくのだと、当たり前の疑問がわく。 二人とは毛色が違うと感じるも、まさかここまで突拍子もない事を捲し立てられるとは思わず、どうするべきかと頭を悩ませる。 彼等の手口なのか、だが何の為に、動揺を誘っているのか等と過っては定まらず、急に牙を剥かれて暫くは黙って立ち尽くす。 憂刃といえば明らかに機嫌を損ねており、事を荒立てそうな予感しかせず、一触即発の空気が漂う。 「どうせあの女で、これから一儲けするんでしょ? あんなはした金よりよっぽど高値でさァ」 「それは……」 「どういうつもりか知らないけど、キミはさァ……何? 自分だけはいい子だとでも言いたいの? 安っぽい正義感振りかざして、それで何かが変えられる? 本当はそんな気もないくせに。だからお前はそこにいるんだろ? 口にすればする程見苦しいからさァ、いい加減もう黙れば? 超うざい」 鋭利な言葉を降り注がれ、金髪の青年は思い詰めたような表情を浮かべて佇み、口を開くも何にも言えずに視線を泳がせる。 「ま、キミの事なんて全然知らないけど。興味もないし」 憂刃は腕を組み、相変わらず強気な態度を崩さず佇立(ちょりつ)し、うんざりした様子で黒髪を撫でている。 「俺は……ただ……」 蚊の鳴くような、か細い声が風へと流れ、紡がれるよりも先に事が起こる。 「何してる。さっさと乗れ」 後部座席から男が顔を出し、びくりと肩を震わせた青年が顔を向け、生唾を飲み込んで視線を下ろす。 一瞥した輩は、地上へと降り立ってから佇み、金糸の青年を窺っている。 口にせずとも、さっさと乗れと威圧感を漂わせ、やがて青年はおずおずと歩を進めて後部座席に乗り込み、無遠慮に閉ざされる。 「……何か言っていたか」 青年を閉じ込め、次いで助手席のドアを開けながら掛けられた台詞に、一瞬迷いが生じる。 大した話ではなかった、けれども明かせば彼は、どうにかなってしまうのだろうか。 「別に何も? また機会があったら是非宜しくね」 戸惑いを余所に、口を開いた憂刃が微笑み、ひらひらと手を振る。 男は応えず、席へと乗り込んでドアを閉め、程無くして目の前から走り去っていく。 「何アイツら~、気持ちわる」 「何だったんだろう……」 「知らないよ。あ~あ、何か後味わる。早く帰ろ?」 「うん……」 もう姿はなく、何処へ向かうかも分からず、それでも何となく気になって彼が立っていた場所を見つめる。 憂刃は歩き、遠くから聞き慣れた駆動音が響き、間もなく仲間が到着するであろう。 それでもどうしてか、もう二度と会うこともない金髪の青年にばかり気を取られ、釈然としない想いに駆られる。 一体彼は、何者だったのであろう。

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