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ひとひらの羽根は血に塗れ 2
「邪魔が入ったお陰で命拾いしたな。傷は癒えたか?」
冷え冷えとした視線に見下ろされ、一切の興味を向けられていない事が窺える。
店内の騒々しさからかけ離れていくように、一帯を徐々に張り詰めた空気が支配する。
事情を呑み込めない周囲ですら、異様な雰囲気の来客から何かを感じ取っているのか、全員が手を止めて息を潜めながら彼等に注目している。
目を逸らせば取って喰われるような、そんな悪夢でも見せられているかのように。
「アンタに貸してる物があるはずだけど」
「ああ、そうだったな」
努めて冷静に、無愛想な輩へと声を掛ければ、意に介さぬ様子で衣服を探る。
そうして取り出された一本の刃物を、机上の惨状もお構いなしに易々と投げ込んでくる。
ゴトン、と重厚な音が鳴り、周りに散らばっていた物が一瞬跳ね、剥き出しの刃物と理解した周囲からは小さく悲鳴が上がる。
偶然とはいえ、己へと向けられた切っ先に、泥濘に心が沈んでいくような錯覚を覚える。
ぼんやりとナイフを見つめ、身を乗り出して手繰り寄せると、潮が引いていくように取り巻きが一斉に距離を置き始める。
柄を握り、久しぶりに帰ってきた刀身の質感を確かめていると、薊に促された周囲の者共が皆そそくさと退席していく。
「勝手に追い出すなよ」
「皆怖がっていたから」
「誰に」
「君に」
「アンタらにだろ」
刃物を片手に弄びながら、再び背もたれに身を預けると、得体の知れない男達に視線を向ける。
「わざわざこんなところにまで追ってきて何の用だよ。この前のケリつけようって?」
「勝敗ならすでに決していただろう」
「あ?」
「お前の大敗だ」
「煽るのが上手いよなァ、お前」
刃を指先で撫でながら見つめ、不愉快な言葉ばかりを並べる黒瀧に笑いかける。
どうなっても構わない気持ちと、冷静な判断を求める声が胸中にて渦巻いている。
傷は癒えても、あの夜に感じた暗澹たる想いは、今も吐き出せないままに心の奥で燻っている。
真宮から離れると、露骨に不安定になっていく己にも気が付いて、どうしたらいいのかも分からぬままに暗い衝動を持て余している。
「それで? とどめを刺しに来たんなら、今がチャンスなのは分かるだろ? いい物もあるし」
柄を向けて差し出すも、薊は笑みを貼り付けたまま微動だにしない。
「君を傷付けるなんてまさか、そんな事をするはずがないだろう?」
「アイツはヤッたけど」
「怖がらせてごめんね。黒瀧にもよく言い聞かせておくよ」
「お前も……、大概だよなァ」
苛立ちを落ち着かせるべく静かに溜め息を吐きながら、安い挑発に乗らないように薊と向き合う。
彼が何を狙っているのかが分からず、微睡んでいた思考を叩き起こさねばならなくなる。
「アンタはさァ、どっちの俺が好きなの? どっちとヤりたい?」
「どちらも好きだよ」
「クソつまんねえな」
微塵も本心を見せない男を前に、あからさまに溜め息を吐いて落胆する。
コイツも俺の事を知っているのか。
黒瀧と同様、一方的に知られている事に不快感を覚えるも、得体の知れない彼等から未だに何も読み取れないでいる。
どうしようもなく気が立って、不安定で、心許ない夜に出会うにはリスクが高すぎる。
それを頭では分かっていても、今にも切り付けそうな危うい自分の衝動を抑えつけている事だけで精一杯で、不利な状況に晒されている。
「お前のせいで取り逃がしたし、雨には濡れるし、ナイフ盗まれるし、服は使いもんにならなくなるし、怪我するしで最悪だった。責任とれよ」
「逆恨みだな。全てお前の不注意だ」
「はいはい、ホントにムカつく野郎だなテメエは。無事に帰れると思うなよ」
「まあまあ、そんなに熱くならずに。仲良くいこうよ」
「テメエが一番不愉快だ。全部分かってるようなツラしやがって。ヤるとしたらまずテメエからだ」
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