396 / 398

ひとひらの羽根は血に塗れ 3

切っ先を向けるも、件の人物は微動だにしない。 寧ろ愉快とばかりに微笑んで、高みの見物を決め込みながら出方を窺っている。 気に入らない目だ。 値踏みするかのような視線に見下ろされ、刃物を持つ手に自然と力が入っていく。 薊といえば、刃を向けられても臆するどころか、挑発するかのような雰囲気を湛えている。 やれるものならやってみろとでも言いたげに、優雅な笑みに物騒な思惑を忍ばせている。 「少し落ち着こうよ。君を傷付けるつもりはないんだ」 「舐めやがって」 「本当に、何もしない。ただ、こうして君の様子を見に来ただけ」 「何の為に……?」 「それは……、秘密」 「答えになってねえんだよ」 「じゃあ、君を気に掛けている人がいるという事だけ」 「どういう意味だ」 問い掛けても笑みを返されるばかりで、どうやら真面目に答えるつもりはないらしい。 視線を向ければ、黒瀧は辺りを見回しており、端から会話になどまるで興味が無いようだ。 どいつもこいつも、と脳裏を過りながら、自嘲気味な笑みが唇から零れ落ちていく。 「何て報告すんの? 教えてよ」 「う~ん、そうだね。いたいけな君には今すぐ庇護が必要、とか」 「お前って本当、煽るのが上手いな」 「君に褒められるなんて嬉しいよ。あの人に言われてるみたいですごく、勘違いしそうになる」 謎が深まるばかりで、蚊帳の外から一歩も踏み込めず、苛立ちが沸々と滾っていく。 こんな奴等の事は知らない、会った事もない。 顔と名前は覚える方だが、目前にて立つ彼等の記憶は何処を探っても見当たらない。 だが、薊には情報を握られていて、その先には更に得体の知れない存在が己を見ている。 薄気味悪くて仕方がないが、今はどうする事も出来ない。 此処で刃物を振り回せば不利になり、万全ではない状態で黒瀧の前に出るのは危うい。 ナイフを座面に置き、柄を押さえ付けるように手を重ねながら、いつでも取り出せる態勢だけは整える。 これだけ異様な雰囲気を纏いながら、本当にただ様子を見に来ただけというのだろうか。 「アイツは俺の邪魔をしたけど」 「なんだ、まだ根に持ってるのか。プライドが傷付いたか?」 「兵隊侍らせてた奴が偉そうに言うなよ。命拾いしたのはテメエだ」 瞬間、空気が重く張り詰めるも、薊は気にする事もなく笑顔でやり取りを眺めている。 「ほらほら、喧嘩しないの。君にはコレをあげるから」 ふざけた物言いに苛立つも、おもむろに差し出された物を見て動きを止める。 「アレ? もう、知ってるって顔だね」 「何でお前がそれを持ってる……?」 「それはだって、俺達が持ってきた物だからね。もう、使ってみた? なかなか楽しめると思うよ」 見慣れた包みを前に、隠す事もせずにあっけらかんと首謀者であると打ち明けられ、ますます事態が混迷を極めていく。 何処からともなく混乱を引っ提げてやって来た者共が、どうしてか訳知り顔で近付いてくる。 急に追っていた奴等が目の前に現れ、警戒心のない振る舞いに拍子抜けするも、裏を返せば慎重になる必要がない相手であると言われているようなものだ。 「そろそろ引き上げようと思ってるからご心配なく。君に会えた時点で目標は達成したようなものだしね」 「まるでそれがついでみたいに言うけど」 「手ぶらじゃ勿体ないからね。でも、もう終わりにするよ。あまり目立つわけにはいかないからね」 「もう十分目立ってんだろ。じきにお前らの元まで辿り着く」 「君の仲間達がって事かな」 「気持ち悪い言い方しないでくれる?」 うんざりとした様子で溜め息を漏らすも、にこやかな薊の表情は変わらない。 手を引くのは勝手だけれど、黙って送り出すとは思えない。 俺には関係ねえけど、と付け足すも、黙って突っ立っているわけにもいかないだろう。 だが、目の前に現れた事実をどうするべきか、理解に苦しむ。

ともだちにシェアしよう!