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ひとひらの羽根は血に塗れ 5
「ハァ……、めんどくせえ」
うんざりとした様子で溜め息を漏らし、彼等から視線を逸らしながら鋭利な刃を収めると、衣服の物入れへと無造作に仕舞い込む。
「えらいね、漸君。賢明な判断だと思うよ」
「馬鹿にしてんのかよ」
いちいち癇に障る奴だ、と苛つくも、相手にするだけ時間を浪費する。
強行突破も考えたが、真っ向から丸腰で飛び込むようなものであり、あまりにも分が悪い。
彼等の気が済むまで相手をするしかなく、主導権を握られている現実に不快感を募らせる。
「そんなに警戒されると傷付いちゃうなあ。ただ君と仲良くしたいだけなのに」
「俺と仲良くしてえんなら、時と場所を選べよ」
「ごめんね。誰にも見られたくない姿だった?」
「ハァ……、別に。お前らに見られたところで何も変わらねえって」
「そう、なら良かった。でも漸君、こんな趣味の悪い店に入り浸るのはやめたほうがいいんじゃないかな」
「関係ねえだろ、お前には」
「君も此処に来たら、ああいう事してるの?」
薊が示した方を見つめると、薄暗い照明の下で男女が唇を重ねている姿が映り込み、無法地帯とも思えるような光景が広がっている。
同性と行為に及ぶ姿も目に留まり、物珍しそうな素振りを見せながらも、然程気にしていない事は一目瞭然であった。
「そんな事聞いてどうすんの? 興味もねえくせに」
「せっかくだから、一緒に楽しみたいなあと思って。いい物もあるし」
「それ、俺に断る権利はあんの?」
「もちろんだよ」
薬を見せながら柔らかに微笑む薊を前に、何を企んでいるのかを測りかねる。
退路を絶たれているも同然の状況で、一体どこまで抗えるというのだろう。
そんな事を考えるのも、抵抗するのも面倒で、全てを放棄してしまいたくなる。
大人しくやられるしかねえ感じ……? と脳裏を過るも、特に何の感慨も湧いてこない。
「気分じゃない」
「そっかぁ、残念」
「それだけ……?」
「うん。他に何かあったかな」
「ハァ……。何か調子狂う」
「もしかして、無理矢理されるほうが好きだった? そういうのも得意だよ」
「何で俺が抱かれる前提で話進んでんだよ」
「だって君、そっちもいけるでしょう」
「さあな、試す機会があればどうぞ」
やんわりと手を差し出し、微笑を湛えながら相手の出方を窺うも、相変わらず気分良さそうに佇んでいる。
「で、いつになったら帰んの? もう話す事なんかねえんだけど」
「寂しいなあ。せっかくこうして会えたのに、そう邪険にしないでほしいな」
「そいつは早く帰りたそうにしてるけど」
気怠げに爪を触り、手元を弄りながら適当に相手をするも、彼等からは怒気も流れない。
本当にただ俺に会うのが目的なのか……?
こんなところにまで押し掛けるくらいだ、相当入念に調べられていたに違いない。
蛇のように纏わり付く存在に薄気味悪さが漂うも、大元は影すら現さないでいる。
「そろそろ時間です」
「え、もうそんな時間? もっとゆっくりしたかったのに」
薊がいじけた様子を見せるも、黒瀧は淡々と踵を返し、この場を立ち去ろうとする。
「おい」
「残念だけど、時間切れみたい。今度会う時は、もっとゆっくり楽しもうね」
「勝手に話進めんなよ」
「此処での事は、君の好きにしてくれて構わないよ」
明かすも秘めるも君次第、と言葉を継いで、にこやかに手を振ってからあっさりと薊が退場していく。
一瞬追い掛けるべきかと迷うも、そうしたところで得られる物はきっと無い。
心地悪さだけが居座り、どうにも処理出来ない感情が、黒瀧に出会った夜の光景と重なっていく。
情緒を掻き乱されるばかりで、自分の手では押さえ付ける事もままならない。
落ち着かせるように息を吐いて、額を掌で覆って視界を遮り、今にも暴れ出しそうな感情を縛り付ける。
誰も彼もが目障りで、心底苛立たせる。
平静を取り戻すには、まだ暫く時間が掛かりそうであった。
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