401 / 401
ひとひらの羽根は血に塗れ 8
「一つ報告があるとすれば、芦谷の弟が見つかった」
沈黙に身を委ねていると、観念したかのように真宮が口火を切り、彼の横顔を見つめる。
伏し目がちに青年は、腕組みをしながら考え込み、言葉を選んでいるように窺える。
「ああ、そういえば捜してたんだっけ。良かったじゃん」
「そうなんだけどな……」
「なに? スッキリしねえって顔してるけど」
「何があったのかよく分かんねえんだよなあ」
真宮は溜息を吐き、件の人物が見つかった事に安堵しつつも、心に靄が掛かっているような迷いを露わにする。
一堂に会した夜が、今や遠き日の出来事であったかのように感じる。
真宮と共に居た青年が、弟を捜していると話していたが、家族の名は何と言っていただろうか。
ようやく見つかっても諸手を挙げて喜べない理由を思い浮かべ、気を遣う必要のない相手へと、淡々と言葉を並べていく。
「無事じゃねえの、そいつ」
「無事ではねえな。でも、そこまで深刻な状態ってわけでもなさそうなんだよな」
「真宮ちゃんの基準はあんまり信用できねえけど。つか、会ったの? 弟君と」
「いや、まだだ。今は芦谷と一緒に居るらしい」
「無事に再会して帰路に就いたわけだ。めでたしめでたしじゃん」
「そうなんだけどな」
「そもそもどうやって見つけたんだよ。いきなり帰ってきたとか?」
「道端で倒れてたらしい」
嘘をついているようには見えないが、半ば信じ難い事実に鼻で笑ってしまう。
捜索する側にとっては有り難い事だが、そんなに都合良く道端に転がっているものだろうか。
「何処かでボコられて、捨てられたわけだ。何でそこ?」
「俺もまだ会った事はねえんだけど、來と一緒に行動していた奴がいる。どうもそいつを追いかけ回してたみたいだな」
「ふうん、それって誰から聞いたの?」
「ナキツ」
「へえ、そう。ナキっちゃん、元気?」
「何だよ、急に」
「なんでもない」
冷ややかに微笑みながら、実直な青年を思い浮かべ、敵意を剥き出しにしてきた夜を振り返る。
真宮と会っていたようだが、彼に何処まで伝えているのだろうか。
「お前……、アイツに何かしてねえだろうな」
「何かって、なに? 本人に聞けよ」
詳細は語られていないのか、彼は釈然としない様子で黙り込む。
自分には関係の無い事だけれど、何か気に掛かる言動でもあったのだろう。
横顔を見つめ、無警戒に思考する青年へと近付いて、差し伸べた手でそっと頬に触れてみる。
「おい、何してやがる」
「随分と気を許してくれるようになったじゃん。誰といるか忘れちゃった?」
「触んな」
不機嫌そうに手を払われ、眉根を寄せながら睨み付けられるも、反省の色など無しに笑みを浮かべる。
「それで? 真宮ちゃんはこれからどうすんの?」
「とりあえず、此処からお前を出す」
「は? ンな話はしてねえよ」
「ヒズルに告げ口すんぞ」
「真宮ちゃんて、そういう意地悪するようになったんだ。見損なった」
「だからお前にだけは言われたくねえんだよなあ。こんな所にいつまでもいたらおかしくなるぞ」
「俺の事まだまともだって思ってくれてんの? 意外」
「うるせえよ。来てやっただけで満足しろよ。何処まで手の掛かる奴なんだよ、お前は」
文句を並べ立てながら、どうやら此処から立ち去りたいらしい。
周囲を眺めれば、大人しく飲食している客の方が少なく、不用意に絡み合う者ばかりが映り込む。
それだけに紛れ込むのは容易く、誰も彼もを気にしない環境は、時に泥のように爛れた心を落ち着かせる場所となっていた。
真宮を呼び付けたからには、此処にはもう来られないか。
彼が喋るとも思えなかったが、招かれざる客とこれ以上出会す気にはなれない。
結局アイツらの事は何も知らない。
真宮を見つめながら口を開きかけるも、今此処で彼に言うべきなのだろうかと考える。
ともだちにシェアしよう!

