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ひとひらの羽根は血に塗れ 10
頬に指を滑らせ、梳くようにそっと髪を撫でても、彼は動じず真っ直ぐに見つめている。
「どけよ」
「やだ」
「お前と遊んでる暇なんかねえんだよ」
「なら何で此処に来たわけ?」
「言っただろ。お前の様子がおかしかったからだ」
悪巧みをしていた腕を掴まれ、真宮の曇りなき言葉に再び意識が引っ張られる。
「なにそれ。俺の事もう理解した気でいるわけ? おめでたいなァ、真宮ちゃんは」
「何かあったんだよな、漸」
呼び水のように流れ込む言葉が、つい先程までの出来事を鮮明に思い出させていく。
そういえば薊は、どことなく誰かに似ている気がする。
穏やかで、優しげな口調、それでいて薄気味悪くて、底の知れない危うさがある。
なんだっけ、それ。
思い出してはいけないような気がするのに、頭が考える事をやめてくれない。
「漸……?」
ふっと笑みが消えた事に気付いた真宮が、訝しげに声を掛けてくる。
ぼんやりと映し出される光景に、見上げる真宮に、いつしか遠く幼い姿を重ねてしまう。
強張る身体と、怯える顔へとどす黒く覆い被さる影に貼り付く笑みが、目に焼き付いて離れない。
止めようとしても、暴走する思考が次々に忌まわしい過去を暴き、秘めた何もかもを曝け出そうとする。
「おい、どうした……?」
腕を掴む手が離れても、密やかに抜け出した真宮が起き上がろうとも気付かずに、意識が遠のいていきそうになる。
冷や汗が出て、寒くて、薊に誰を重ねているのかも分からないのに恐怖心が蝕んでいく。
痛みを堪えるように額を押さえ、記憶をこじ開けようとする意識をねじ伏せながら、ふらりと真宮から離れて当てもなく動こうとする。
「触るな……」
不意に腕を引っ張られ、反射的に強く振り払う。
此処は何処なのか、息が苦しくて、どうしようもない安らぎと絶望感に包まれる。
「おい、漸。聞いてんのか?」
組み敷く冷えた手を覚えていて、有無を言わさぬ鋭さとは裏腹に、降り掛かる声はいつも穏やかで優しく、錯覚してしまいそうになった。
これが愛情、これが優しさ、当たり前の事なのだと。
「離せ。触るなっつってんだろ」
「このまま離したらお前どこに行く気だよ」
「関係ねえだろ、テメエには」
刃物を取り出そうとするよりも早く、力強く引き寄せられた身体は抗えないまま、いつしか温もりに包まれる。
抱き締められていると理解するまでに、どれくらい時間が掛かっただろう。
「おい、離せよ」
「悪かった。もう聞かねえよ」
「は?」
抜け出そうと藻掻くも、静かで落ち着いた声音とは裏腹に、抱き寄せる力は強く易々とは振りほどけない。
「目ェ閉じろ。俺に合わせて呼吸しろ」
逃げなければいけないと強張る身体に諭すような声が降り掛かり、素直に言う事を聞くなんて癪なのに、躊躇いと共にゆっくりと目蓋を下ろしていく。
温もりに包まれながら目を瞑ると、あらゆる雑音が溺れて曖昧になり、今しがたまで思考を蝕んでいた恐怖心が緩やかに薄れていくのを感じる。
身体から力が抜け、握り込んでいた拳が解け、何も考えずにただ呼吸を繰り返す。
たったそれだけの事なのに、不思議と気持ちが安らいでしまうのはどうしてだろう。
遠慮がちに目を開けて、安心してしまいそうになる手が、彼に触れようとするも諦めて静かに下ろす。
此処に居てはいけない、ちがう、彼の側に居てはいけない。
何処からともなく頭の中へと声が響いて、離れようと後ろに下がると、今度はすんなりと真宮から解放される。
「少しは落ち着いたか?」
視線を感じて、目を合わせれば間近で心配そうな顔をした真宮が、顔を覗き込んでいる。
「やっぱ顔色悪いよな。しょうがねえ、家まで送ってやるよ」
「いい。一人で帰れる」
「信用できねえな。その辺で倒れられても困んだよ。後でヒズルにどやされんだろ」
「アイツは関係ない。つか、興味ねえって」
「ほら、帰るぞ」
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