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麝香

幹線道路では、無数のヘッドライトが煌めき、様々な人生が行き交っている。 硝子に触れ、暗色のスモークフィルム越しに日常を眺め、物憂げに口を閉ざす。 彩りがなく、触れた指の先からモノクロの世界が広がり、流れていく景色に何処と無く距離を感じる。 まるで映画でも見ているような、駆け抜けていく場面は現実味を帯びず、ただただ仄暗く映り込む。 「おい」 後方を盗み見てから、ニ井谷が運転席へと身を乗り出し、声を潜める。 呼ばれた由布は、返答もなく前を見つめ、流れに沿って車を走らせていく。 「マジでやるのか? 邪魔なだけだぞ? 下手したら俺達が危ない」 「そうならねえように祈るしかねえよな」 「適当なことぬかしやがって……、足引っ張られちゃたまらねえんだよ」 「注意はしておいた」 「そんな事で……」 「仕方ねえだろ。テメエ断れんのかよ」 「それは……だな……」 視線を向ければ、由布の肩へと手を添えながら、二井谷が口を開いている。 話を聞こうにも、突如として重低音が轟き、車内へと聞き慣れない曲が響く。 聞かせたくない話であろう事は明らかで、おおよそどうして連れていくのかと揉めているのだろう。 俺だって、別に好きでアンタらといるんじゃない。 元凶の黒瀧は居らず、見送ってから彼が今どうしているかなど知れようはずもなく、然して興味もない。 「消してえんじゃねえのか? 要は」 「あ? 誰を」 「誰をってお前……、分かんだろ」 相変わらず外を眺めれば、再び二井谷が視線を滑らせるも、気付かぬままぼんやりと硝子に触れる。 「……黒瀧が?」 「薊さんが気紛れに拾ってきた仔犬、そろそろ邪魔なんじゃねえの」 「了解得てねえよな……? それ俺らがどうにかしたらどうなんだよ」 「さあな……。まあでも、うちは任務遂行が絶対じゃねえか。ミスる奴、歯向かう奴、足並みを乱す奴は容赦なく制裁だ。仲間として、信用してこれから一緒に行くんだろ……? 何にもなけりゃ、上手くいけばそのまま連れて帰ってくればいいだけの話だ。アイツ次第……、そうだろ?」 「お気に入りなら話は変わってくるんじゃねえか」 「お気に入り? まさか。もしそうだとしても、アイツにとっていい事には絶対ならねえよ」 道なりに車を走らせながら、小声で探り合っていた由布が、にやりと笑む。 それを見て、呆れたように溜め息を吐きつつ、めんどくせえなあとぼやいた二井谷が助手席へ戻る。 次いで腕を伸ばし、つまみを調節して音量を下げ、車内が急に静まり返る。 「おい、新入り」 「……來です」 「お前さ、人殴ったことある?」 「……なんすか?」 「あんの? ないの?」 「……あり、ますけど……、喧嘩で……。それが何かしたんすか」 「ふうん、そっかそっか。そいつどうなった?」 「え……? さあ、逃げてったりとか……」 「え、逃がしちゃうの? やっさしいねえ~」 からかうような口調にムッとするも、一旦呑み込みつつ言葉を紡ぎ、どうしてそんな事を聞くのかと内心で首を傾げる。 「これから俺らがしようとしてる事は、絶対に逃がしちゃダメなゲームなんだよ。出来る? お前」 「逃がしちゃダメ……? どういう事ですか」 「いいんだよ、それで。お前はまあ、居ればいいだけだから。ここは先輩がきっちり仕切ってやっから、お前はただ……、泣かず騒がず逃げ出さずに、現実を受け入れろ。でもどうすんだろ、そこまで知っちまったらコイツもう出ていけねえんじゃね?」 「出ていくつもりなんか……、ないっすから」 言葉を選びながらも、不穏な気配を取り巻く二井谷へと、険しい顔付きで決意を絞り出す。 要は認められれば、これからも一緒に居られる。 薊さんと……、彼等に引け目を感じる事もなく、顔を合わせられるのだ。 でも、そうなってしまえばもう、抗う余地も失う。 兄貴を殺す? 俺は兄貴を殺すのか……? 仲間として認められ、薊さんとこれからも共に過ごし、居場所を奪われない為に俺は、代償として兄貴を……? そこまで考えてぞくりと、背筋が寒くなる。 俺は何を考えてる? 目障りだろ? アイツが……、消えてなくなればいい、そうしたらもっと一緒にいられる、必要とされる、みんなが俺を見てくれる、だからアイツを……、違う、違う違う……! 「違う……。俺は別に……、そんなこと」 死んでもいいなんて、そんなこと……、俺は……。 明滅していく、心の灯火が消えかけていく。 がんじがらめに窮して、唯一の居場所を守りたいが為に、此処に居るのだ。 もう、どうだっていいんだろ……? 兄貴は追い掛けてきてくれなかった、と以前出会した時の事が頭を過り、必死に理由を見繕っていく。 何をしてもダメだ、もうめんどくせえよ……。 変えられるわけがない、諦観にうずもれて拳を握り、二井谷を見つめる。 「ビビって逃げんなよ? テメエはもう、浸かっちゃってんだよ。骨の髄までな」 闇に紛れながら発され、はっきりと顔は見えなくても、確かに笑んでいた。 「逃げるわけないじゃないすか」 「さあ、どうだかなあ? 相当薊さんに甘やかされてんだろうし」 「……薊さんて、どんな人なんですか?」 「は? 何お前その質問、恋しちゃってるみてえ」 「ちがっ、そういうことじゃなくて!」 「はははっ、ムキになった! まあな、確かに綺麗ではあるけど鬼だぜ? あの人が誰についてるか知ってっか? 流れのチームとでも思ってんだろ? 違うな。俺らは元々……」 「おい、二井谷! ……喋り過ぎだ」 気を良くした二井谷が、饒舌に語り出すも由布に制され、悪い悪いと謝る。 聞かされた身としては、時間をかけて整理が必要な事柄であり、彼は今何を言おうとしたのだろう。 流れのチームではない、それは何となく察していた。 善人ではないことも、とうに分かっている。 けれど、薊が誰かにかしずいているというのは初耳で、彼がトップではないのなら一体誰がと思案する。 名前すらない群れ、だが寄せ集めの割には統率がとれ、後ろ暗い物事への耐性が半端ではない。 それが生業……? 例えば何処かの組から足を運んで、何かやりたい事があるとか……。

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