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第238話 潮時(拓真)

「拓真、久し振り~」 「ああ、久し振りって言っても、先週来なかっただけだろ?」 「そう?拓真が来ないと寂しい~」 「勝手に言ってろ。ほら、莉久の事呼んでるぞ」 「拓真がもう少し早く来てくれたら、あの人と飲まなかったのに~」 「別に、俺は莉久と飲まなくっても平気」 「んもう、拓真ってドライなんだから~。ま、そこが良い所なんだけど~。マジ、ヤバそうだから行くね~」 「はい.はい」 グラス片手に、今日の相手の所に戻って行った莉久をシッシッと手を振って応えた。 「拓真君ってイケズね~。莉久ちゃん、可哀想~だけど……たまには、良い薬ね」 マスター(ママ?)が俺と莉久の遣り取りを見て話す。 「莉久はさっぱりして良いんだけど。彼氏居るし後々面倒な事に巻き込まれたく無いからな」 「その方が良いかもね。なんやかんや言って、あの2人は別れないんだから」 マスターとカウンター越しに話してると、後方から声を掛けられた。 「うわぁ~カッコいい~。一緒に飲んで良い?」 振り向くと、まあまあ可愛い~系の男が立っていた。 そこまで俺のタイプでは無いが……ま、良いか。 「ああ」 返事をすると嬉しそうにし、いそいそと隣のスツ-ルに座りグラスを合わせてきた。 カチンッ。 マスターは相手が見つかったと思って、自然な動作で他の所に去った。 最後にウインクされたが。 「ねえ、前にもここに居たよね?」 「まあな。週1か多くても2位かな」 「ふうん。学生?社会人?」 「大学生。あんたは?」 「こう見えて社会人なんだ~。ねぇ.ねぇ~、カッコいいからモテるでしょ?」 「まあね」 「だよねぇ~。女の子なんて、わんさか寄ってくるでしょ?男もイケるの?」 「俺から誘わなくっても向こうから誘ってくる。男は誰でも良いって訳じゃないけど……相手による」 クビッと強い酒を飲む。 「じゃあ、僕なんかどう?」 顔を寄せ耳元で囁かれ体を密着してきた。 「正直に言えばタイプでは無いけどな。全然無いって訳でも無い」 少し拗ねてたが、直ぐに復活し積極的に誘ってきた。 「じゃあ、最低ラインでも合格って事で良い?」 相手を上から下まで見定め 「まあな」 「それでも良い~。こんなカッコいい人なかなか見ないから。僕、結構声掛けられる方なんだけどね~」 「俺のタイプじゃ無いだけで、見た目は可愛い~んじゃねぇ?」 「やった~♪ 嬉しい~んだけど~♪」 腕を組み体を密着するがそのままにして居た。 それから30分程話し、相手に誘われるがままラブホテルに直行した。 こうして1夜の相手を抱いた。 それからも店に行くが、良い相手が見つからずに酒だけ飲んで終電前に帰ったり、女に誘われてデ-トし、そのまま流れで俺のアパートでセックスした時もあった。 そんな日々にも、そろそろ飽きてもきていた。 その一因が、店で前に抱いた男とたまたま飲んで居た時に、違う男が割り込んで俺と親し気に話す様子を見て、お互い何かを察して少し言い合いになった。 ちょっとした言い合いと小競り合いだが、俺は無視してたがマスターが間に入ってどうにか治めた。 無視を決め込む俺を呆れマスターが叱ってきた。 「遊ぶのは良いけどね。こういう場面も上手にあしらわないとね。同じ店で相手にしてるんだから、トラブルは困るわよ」 それもそうかと一応マスターには謝った。 「悪かった。今日は何だかそんな気にもならなくなった。もう、帰る」 言い争ってた2人に「帰らないで」「もう喧嘩しないから」とか言われ腕を掴まれたけど一気に覚めた。 「今日は帰る」 そう言って支払いしてサッサと店を出た。 電車に揺られ、同じ店だから相手が遭遇するのは仕方ないとマスターに言われた事に納得した。 それと同時に、今まで男同士はあっさりして楽だと思ってたが、あの言い争いとか見ると男も女も一緒だと思って、今までの概念が崩れていった。 莉久もあんだけ言っても誘う真似をしてくるし、はっきり言ってうんざりだ。 何だか興醒めだな。 タイプの奴も早々見つからずに、妥協してまで男を抱く事もねぇ~し。 そろそろ飽きてきたし、潮時だな。 電車の車窓には暗闇とネオンだけが映っていた。 始めは寂しさと和樹の面影を探して似たような相手を探してたが、段々と主旨があやふやになっていた。 和樹も卒論提出するって言ってたし、これ以上店に通ってトラブルに巻き込まれて面倒になる前に止めようと決めた日だった。

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