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第277話 見守る(海都)

2月に中旬の日曜日に、武史君が様子を見に来た。 武史君とはLineや電話はしてるが、和樹君が退院して以来初めて会う。 和樹君にずっと会いたいと言ってた。 まだ全開はして無いが、武史君の気持ちを考え、これ以上は可哀想だと思った。 「良く来てくれたね」 「お邪魔します。和樹は?」 「今はリビングに居るよ。食事は蕎麦やうどんぐらいは食べれるようになったし、果物やサラダも食べるようになった。少しは笑顔も見せるよ」 「だいぶ良くなりましたね。ありがとうございます。朝倉さんのお陰です」 「私は何もして無いよ。ただね、笑顔を見せると言ったけど、まだ精神面は不安定でね。外をずっと眺めてたり壊れたスマホをジッと見てたり、胸に手を当て俯いてたりする」 「そうですか。たぶん、それは……壊れたスマホは拓真との連絡を…こないと解ってても待ってるのかも。胸に手を当ててるのは……拓真からプレゼントで貰ったネックレスだと思います。和樹、ずっとお守りにしてたから………。朝倉さん、和樹に会う前に言っておきます。俺は和樹に今後の事を.先の事を.考えて欲しいと思ってます。和樹には辛い事を思い出せるかも知れませんが……このままじゃいけないと思ってます」 和樹君の一連の行動には、そんな意図があったのか。 まだ、好きなんだ……と、一途な和樹君らしいと思うが、少しばかりショックだった。 遊びに来たんじゃないと、武史君の真剣な顔を見た時に、私もそろそろ考えるべき時期に来てると思った。 「解った。私の事は気にしなくて良いよ。武史君の好きにしなさい。それとも、私は席を外して外出してようか?」 「いいえ、朝倉さんにも居て聞いて欲しい」 「解った。行こう」 リビングのソファには和樹君が座って居た。 何をするでも無く胸に手を当て俯いて居た。 さっき武史君から聞いたばかりで、その姿を見るのは辛かった。 「和樹君、武史君が遊びに来たよ」 「……武史?」 「和樹、久し振りだな。だいぶ元気になった気がする」 「武史……久し振り。元気だった?」 武史君の顔を見て少し微笑んだ。 やはり親友だな。 和樹君の顔が少し明るくなった。 「まあな。正月は実家行ってたし、帰って来てからはバイト三昧だよ」 「……頑張ってるね」 「武史君、コ-ヒ-どうぞ。和樹君はココアね」 「すみません。いただきます」 「……ありがと」 和樹君の隣には武史君が座ったから、俺は近くのソファに座った。 暫くの沈黙の後に、武史君が口火を切った。 「和樹……これ和樹の服だ。コ-トはクリ-ニングに出しておいた」 服が入ってる袋を和樹君に渡した。 袋の中を見て、辛そうな顔を一瞬見せた。 中に入ってたのは、あの土砂降りの雨の日に着てた服だ。 あの時の事を思い出したんだろう。 「……ありがと」 直ぐに袋を床に置いた。 「和樹、卒業式はどうする?3月16日だ。卒業は決まってるし出席してもしなくても良いが……どうするつもりだ?」 「……解らない」 「そうか、まだ時間はある。ゆっくり考えてみろ。欠席しても、卒業証書は後で事務局に取りに行っても良いし郵送して貰う事も可能らしい」 「……うん」 「和樹、これからの事はどうする?あんなに頑張った就職先は?……拓真の事は?」 拓真って名前にピクッと肩を揺らした。 「……………」 和樹君は何も答えずギュッと胸に手を当て俯く。 その姿に武史君も俺も痛々しさを感じた。 俺は黙って聞いて武史君に任せた。 「和樹、色々辛かったのは知ってる。けどな、このままじゃダメだ。和樹! これからの事をちゃんと考えろ! 自分がどうしたいのか?拓真の事を許せるのか?別れるのか?辛いからって、逃げても何も変わらない! どうしたいか?を良く考えてみろ。俺も朝倉さんも和樹の出した答えを尊重する」 「…………」 「後、これも渡すよ。あの日、俺の部屋に置いていった物だ」 ビニ-ル袋に包まれた大きめの紙袋だった。 俺には何が入ってるのか?解らないが、和樹君は直ぐに解ったようだ。 その証拠に、その袋を見て目に涙を溜めて居た。 武史君から手渡された袋を大事そうに胸に抱き、涙が頬を伝った。 「うっ…うう……」 泣き出した和樹君に武史君は辛そうに話し掛けた。 「拓真へのクリスマスプレゼントだろ?」 「………う…ん」 そうか、クリスマスには彼と過ごす予定だったからな。 「フェアじゃないから話すな。本当は言いたくないが……。拓真は俺の所に何度も来て、和樹の居場所を教えてくれって言うが、俺は教えてない。……拓真は後悔してる。和樹に謝りたいって、許して貰うまで謝るって…それと……和樹が戻って来るまで諦めないって言ってる。………和樹が好きだって……和樹に会う事が会ったら伝えてくれって。‘いつまでも待ってる’って」 和樹君はポロポロ……大粒の涙を後から後から流す。 「……なら…どうして?うう……浮気するの?」 「俺は拓真じゃないから解らないが、寂しかったと言ってた。和樹が就活.卒論.バイトって忙しく寂しかったって。だからって、浮気して良いって事にはならない! あいつの我儘だし自分勝手過ぎる!」 彼から伝えて欲しいって言われた事を、正直に包み隠さず話す武史君は男らしさと和樹君に対して誠実さを感じた。 そう言う武史君だから、和樹君は武史君を信頼してるんだろう。 「寂しいって……俺が悪かったの?」 「いや、和樹が悪い訳じゃない! 悪いのはあいつだ!」 「…………」 ポロポロ……涙を流す和樹君を抱きしめやりたい。 「和樹。拓真から伝えて欲しいって言われた事も伝えた。その上で、拓真の事もこれからの事も考えてくれ! 俺が高校の時……辛かった時に、和樹は俺を励まし力になって側に居てくれた。側に居る事はできないが、何か力には慣れる。何をしたいか?どうしたいか?何でも言って欲しい」 俺が出来る事は、側に居る事だけだろうか? 武史君みたいに、もっと前向きに考えるように話すべきだったのかも知れない。 これからは、そうしようと心に決めた。 年下の武史君に教えて貰った気がした。 「………ありがと……今は、無理だけど……考える」 武史君の目からも涙が出ていた。 和樹君の事が本当に大切なんだと解る。 「ゆっくりで良い……後悔しないように…自分の正直な気持ちに向き合えよ」 「……うん」 溢れる涙顔で素直に返事をし、胸に抱いた袋をギュッと抱きしめて居た。 その姿は痛々しさと切なさが滲み出て、暫く俺も武史君も声が掛けられなかった。

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