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第278話 (和樹)

武史が帰ってから、俺は朝倉さんの胸で泣いた。 あの雨の日以来、初めて大声を出して泣いた。 入院してからの俺は拓真の事を考え無いように逃げて居た。 何も考えず.何も見ない。 そうする事で、何とか精神のバランスを無意識にとっていたんだ。 朝倉さんが心配してるのも感じてた。 並木さんも親身になって、話し掛けて励ましてくれてた。 でも、現実を見たくない.考えたくないと現実逃避してた。 武史が遊びに来て、拓真の事やこれからの自分の事を逃げずに考えろ!と言われ、それでも逃げようとする自分も居た。 でも、キツく話す武史の顔が辛そうで……心配してるのが解り、武史に嫌な役をさせてると思うと……武史の言う通りだとも頭の片隅では解ってた。 武史から拓真に渡すはずだったプレゼントの袋を見て……あの日…ウキウキしてた気持ち.浮気の真相…全てが蘇り涙が溢れて仕方無かった。 武史が「また来る」と言って帰ってから、朝倉さんが「武史君も辛いんだよ、その事は解るよね。でも、私もこのままではダメだと思ってる。ゆっくりでも良い焦らずに自分に向き合ってこれからの事を考えてみなさい。私も武史君も和樹君の味方だよ」 優しい朝倉さんの言葉に、今度は1人じゃないとまた涙が出た。 朝倉さんの胸で、今まで出なかった涙が堰(せき)を切って溢れ出た。 「うう…俺…ごめ……うう…ヒック…うぅ…」 「今まで泣かなかったんだ。たくさん泣いて、それから考えれば良い。泣くだけ泣いたら良い」 優しい朝倉さんはそう言って、俺の背中をずっと撫でてくれた。 俺はいつの間にか泣き疲れて寝てしまったようだ。 夜中に目を覚ましたら、温かい胸に抱かれて寝て居た 温かい…安心できる。 朝倉さん、ありがとう。 安心できる胸に顔を埋め、俺はまた眠りに就いた。 それからの俺は1人で朝倉さんの部屋に居る時は、ずっと泣いて暮らして居た。 そんな俺を朝倉さんと並木さんは心配して、忙しいのに昼休みには相変わらず、どちらかが様子を見に来てくれてた。 有難いと心では思って居た。 俺は大学に入学してからの事を振り返って過ごす毎日だった。 大学入学してドキドキしてたなぁ。 友達できるか?心配してたけど、武史がいつも側に居てくれた。 テニスサ-クルに入って内田や山瀬.中嶋……そして拓真に出会った。 拓真の事を思い出し涙が出た。 無意識に胸のネックレスを握り締めた。 それから拓真を好きになって……男に興味無い拓真だからって諦めてたっけ。 それから亮介と出会って……亮介、元気かなぁ~。 あの時、拓真じゃなく亮介を選んでたら……亮介を好きになろうとしてた……今、考えてもやっぱり俺は拓真を選んでた……好きだったから。 その拓真から「好きだ」って言われて、諦めてただけに夢を見てるのか?初めは信じられなかった。 あの時、凄~く嬉しかったなぁ。 また涙が出てくる。 拓真の優しさや2人で過ごすのも楽しかった。 花火大会も行った.拓真の叔父さんの別荘にも.イルミネーションも見に…行った。 2人で出掛けるのも楽しかったけど、部屋でゲ-ムしたりと何気無い日も2人で過ごす日々が楽しかった。 サ-クルの皆んなとも過ごしたなぁ。 ファミレスで遅くまで話したりカラオケ行ったり、学食でワイワイと話しながら食べたり……たくさん思い出がある。 このまま皆んなと会わずに離れるのかなぁ~。 どこからズレていったんだろう。 何がいけなかったのか? 涙が溢れて止まらない。 4年になってから、少しずつズレてきてた。 今なら解る。 就活.卒論と皆んなが通る試練だ……けど、拓真には関係無かった。 「寂しかったって言ってた」拓真の気持ちを話した武史の言葉。 拓真に寂しい思いをさせてたなんて、気が付かなかった。 自分の事で精一杯だった。 ごめん、拓真。 拓真の寂しさに気が付いて居たら……もっと側に居れば良かった。 俺…俺……就活の事を拓真に話しても仕方ないって、心のどこかで思ってたのかも……。 もっと相談すれば良かった。 浮気の事だって、嫌なら「浮気、止めて!」って言えば良かった。 煩く言ったら、拓真に嫌われるって、ビクビクしないで……別れるって言われるのが怖いからって……。 もっと俺の気持ち正直に言えば……こんな事にならなかった? 今更だけど、後悔ばかりして涙が出て止まらない。 毎日.毎日……少しずつ大学生活を振り返って泣く日々だった。 夜には泣き疲れて、朝倉さんに抱き着き眠りに就く日々だった。 「前の和樹君は人形のようだった。でも、今の和樹君は泣く事で感情表現できるようになった事に、私は安心してるよ。今は、泣く事が必要なんだろう。でもね必ず和樹君なら立ち直ってくれると信じてる! 」 朝倉さんの言葉が、心の底まで染み渡る。 もう少しだけ……時間が欲しい。 泣くだけ泣いて……拓真の事、これからの事を考えるから……もう少しだけ。 ……お願い。

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