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第281話 (海都)
「ただいま~」
「あっ、お帰りなさい」
リビングに入ると、和樹君がソファで雑誌を読んで居た。
ずっと泣いていた時期もあったが、ここ最近は前の元気だった和樹君に戻りつつあった。
以前は帰って来ても、ずっと泣いてたのか?目が赤く腫れ涙跡もあったが、今では明るい声で ‘お帰りなさい’ と言ってくれるようになり、帰って来るのが俺も楽しみになってきていた。
「朝倉さん、夕飯は?」
「今日は、まだ食べて無い。適当に、食べるから気にしなくって良いよ」
そのまま寝室に行き、ス-ツから部屋着に着替えた。
和樹君が座ってたソファに座りテ-ブルの上を見るとさっき和樹君が手にしてた雑誌が無造作に置かれていた。
「朝倉さん、少し待ってて」
何やらキッチンで温めてくれて居た。
有難いと思いながら、何気なく雑誌を手に取った。
えっ!!
住宅雑誌と、こっちは求人雑誌だ。
和樹君……元気になったし、前向きに考えてるんだろうな。
ここを出て行くのか?
心機一転する為?
それとも彼の所に?
俺の心は複雑だった、いや悲しさと寂しさが広がった
「朝倉さ~ん」
呼ばれ、ダイニングに行くとテ-ブルには惣菜が何種類か並べられて、温かいご飯も盛られてあった。
「どうしたの?これ」
取り敢えず椅子に座り箸を持ち話した。
「今日、出掛けた帰りに、ちょっとデパートに寄ったから、ついでにデパ地下で買って来ちゃった」
そう言って和樹君も箸を持ち惣菜を口に入れた。
「ん、美味しい」
「ご飯は?」
「ご飯はいいや。おかずだけ」
まだ食欲は全開とはいかないが、惣菜を食べられるまで回復した事を喜ぶべきだな。
美味しいそうに食べる和樹君を見てそう思った。
俺も箸を進め、さっき見た雑誌の事をいつ聞こうか?悩んで居た。
テ-ブルに置きっ放しにしたって事は、隠して無いって事だよなぁ~。
聞いても良いって事か?
考え事をしてたら、食卓は無言になってしまった。
「朝倉さん?」
「えっ?」
「何か、元気ない?」
「いや、そんな事ない。ちょっとボーッとしてた」
「朝倉さんでもボーッとする事あるんだね」
「そりゃ私だってするさ」
いかん.いかん。
あの雑誌の事は、後で聞こう。
取り敢えず食事に集中しよう。
モヤモヤした気持ちで食事を済ませソファに座る。
テ-ブルに置いてある雑誌が気になりチラチラ見てしまう。
片付けを済ました和樹君がコ-ヒ-とココアを手に持ち俺に手渡し、ココアをテ-ブルに置き寝室に行き戻って来て、俺の隣のソファに座った。
俺は今聞こうか.どうか迷っていた所に、和樹君から話し掛けてきた。
「朝倉さん、これ良かったら貰って下さい。お世話になってるお礼です」
そう言って細長い箱を手渡しされた。
「お世話に…って、そんなの私が好きで勝手にしてる事だよ。和樹君が気にする事ないんだから」
俺は和樹君が本当にここを出て行くから、今までのお礼だと思った。
「それでも俺は朝倉さんが居なかったら……今の俺は居なかったかも。凄く頼りになったし、お世話になったから俺の気持ちです。気に入ってくれれば良いけど…」
和樹君が出て行ってしまう。
それが和樹君の意思なら尊重するべきだ。
頭では解ってるが……気持ちは、そうでは無かったが……顔には出さずに居た。
「ありがとう」
そう言って、綺麗にラッピングされた包装紙を破り、箱を開けた。
ネクタイだった。
紺地に水色とグレーの細いストライプが入ったイタリア製のネクタイだった。
どんなス-ツにも似合いそうで、使い勝手が良さそうだった。
嬉しい反面、これが最後なのか?と思うと、素直には喜べない。
いつまで居てくれるのだろう?
直ぐって事は……ないよな?
その気持ちが知らず知らずに顔に出てたようだ。
和樹君が不安そうな顔で話す。
「気に入らなかった?」
「いや、凄く嬉しいよ。ありがとう」
「良かった~」
気になって仕方無かったが、どう切り出すか迷い遠回しに聞く。
「和樹君。今日、出掛けたんだ?」
「うん……朝倉さんに話して置かなければ……朝倉さんには、お世話になったからね」
「……何かな?」
和樹君の口から ‘ここを出て行く’ ‘拓真の元に戻る’ それとも ‘1人でも大丈夫だから’ そんな言葉……聞きたく無い。
折角、体も心も回復傾向にあり、これからもっと和樹君が元気になっていく姿を、側に居て見守って居たいと言うのは、私の我儘だろうか?
私の生活の中で、和樹君が居る事が当たり前になって居た。
それ程、私には和樹君の存在が大きくなっていた。
和樹君が口を開き、どんな言葉を発するのか?息を飲み待っていた。
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