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第300話 番外編~拓真(8)~
出産当日は俺も立ち会い、他の父親と同様にスマホで撮影し、聡美の傍らで声を掛け励ました。
聡美の苦しそうな顔と声.息使いと出産の凄まじさを目にし、女が強い訳が解った。
男ならとっくに気絶してる。
そして…「おぎゃ~.おぎゃ~…おぎゃ~」と元気な泣き声と共に、煌が生まれ直ぐに聡美に抱かれた。
その光景を撮影しながら目が潤んできた。
愛おしそうに抱き「生まれきてくれて、ありがとう」と、煌に話す聡美を撮影し止めた。
母と子の良い光景が撮れ、俺も感動し聡美に労いの言葉を掛けた。
「聡美、お疲れ様。そして、ありがとう」
「これで約束は果たせたわ」
聡美はメイク無しでも綺麗な顔で微笑んだ。
そこで俺もハッとした。
そうだ、俺達は契約結婚し子供もその条件のうちだと言う事を思い出すと、ここ数週間の幸せな日々が紛いものだったのか?と思ったが、それでも良いと思い直した。
聡美の気持ちはどうかは解らないが、こうやって約束を果たしてくれた。
俺には、これから煌が居る。
それで充分だ‼︎
「それでも良い。俺に煌を与えてくれた事に感謝してる」
「これから頑張ってね。パパ‼︎」
疲れた顔であったが、笑顔を絶やさずに話す聡美の気丈さがそこにはあった。
子供は赤ちゃん室に行き聡美は病室で出産の疲れが残る顔で安らかに眠り、俺は傍らで付き添って居た。
暫くすると、そこに看護師が俺を病室の外に呼んだ。
子供に何かあったのか?
嫌な予感で病室の廊下に出ると看護師が「知合いの方がそこにいらっしゃってます」と言われた方向には、廊下の長椅子の前に立ってる1人の青年が居た。
俺には心当たりが無い人物だったが、看護師にお礼を言い青年の側に行くと頭を下げ、そして俺の顔を真っ直ぐに見た。
「初めまして。植田宏伸と申します。聡美さんからは本郷さんの事は伺ってます」
植田?聡美から……そこで初めて聡美の年下の彼氏だと解った。
「……初めてまして、本郷拓真です。どうして、こちらに?」
聡美に彼氏が居る事は聞いてるが、写真も見た事無いし本人を目の前にして複雑な気持ちだった。
「すみません。本郷さんの前に顔を出すべきじゃないとは思ってたんですが……聡美さんは無事ですか?」
「ああ、さっき出産終わった所で聡美も子供も無事だ。今は病室で眠ってる……会うか?」
聡美の出産が無事に終わったか?心配で、ここまで来たようだ。
「いいえ、無事ならそれで良いです。ここに来ておいて言う事じゃないですけど、ここは夫婦の時間だと思ってますから」
「そうか」
彼もまた自分の役割が解って割り切ってるようだ。
「あの……もう会う事は無いでしょうから、今日少し話をしても良いですか?」
「ああ、立ち話もなんだから、あっちに休憩スペースがある。そこで話そう」
俺が先に歩き休憩スペースに行き、缶コーヒーを手渡し正面に座った。
彼の印象としては最近の若い子にしては地味って言うか.良く言えば誠実そうで優しそうな感じだった。
彼には悪いが、あの聡美には不似合いだと思った。
「あの…こんな奇妙な話に乗って頂きありがとうございます。1度きちんとお礼を言いたかったので。僕が学生と言う事で結婚の許しは貰え無いですし、聡美さんのご両親は早く安心したかったようで、山のようにお見合い話を持ってきてたんです。2人で辟易してた時に冗談で契約結婚でもしてくれる人居ないか?なんて話してたら本郷さんと出会う事になって、聡美さんから理想的な相手が見つかったと聞いた時に、そんな人は居ないと信じられなかった。もし見つかったとしても結婚して生活してるうちに……聡美さんを愛するんじゃないか?って、聡美さんも心変わりするんじゃないかと言う不安はありました。あの時には僕達ではどうにもならない状況で切羽詰まってたから、聡美さんからは信じて欲しいって言われ…僕も了承しました。この1年程僕もビクビク…して不安な気持ちのまま生活してました。聡美さんは僕には本当に勿体無い人なんです……けど、僕には聡美さんしか居ません。聡美さんはそんな僕の不安も解って頻繁に会う機会を作ってくれる優しい人で……僕も少しずつですが、自信が持てるようになり聡美さんを信じていこうと今は思ってます」
俺と聡美が契約結婚だったとしても、彼の今日までの不安とジレンマが正直に話してくれた事で解った。
「そうか、聡美は何て話してるか知らないが、俺達は1度もセックスもして無いし別々の部屋を持ってるしお互い自由に過ごしてる。俺にはセフレも何人か居るのは聡美も了解してる。最低限の家事はしてくれるが本当に同居人に徹してるから安心して聡美を信じて良い」
彼と聡美が将来的に結婚する為に応援する気持ちになった当初の気持ちを思い出し、そう話した。
「ありがとうございます。本郷さんにそう言って貰えて、やっと本当に安心出来ました! 聡美さんが本郷さんの事を ‘外見がカッコいいしモテる人よ’ とか ‘性格悪いのかと思ったら意外とそうでも無い’とか本郷さんの事を褒めたりするもんですから」
少しは嫉妬してたって事か?
「外見がカッコいいとは良く言われるし性格悪いとも良く言われる。当たってるが、聡美はそれで褒めてるのか?」
俺が苦笑いして話すと彼も笑い
「聡美さんなりの褒め言葉ですよ。聡美さんも素直じゃない所がありますから。聡美さんも綺麗な人だから見た目だけで寄って来る人に嫌気をさしてるんです。男の人にモテるから、女の子には嫉妬され友達少ないですし。ちょっと勝気って言うか腹黒い所ありますしね。本人は悪気は無いんです。誤解され易いタイプって言うか、あれ、聡美さんの悪口になっちゃいました?」
思わず笑いが漏れる。
おかしな奴だ。
聡美の事を良く理解してる。
植田の言葉でフッと懐かしい事を思い出した。
大学生だった頃に、和樹が皆んなに ‘拓真は正直過ぎて誤解され易いんだよ。解り難い優しさなんだから’ と言ってた言葉を思い出した。
俺はその時に ‘こいつなら俺の事を解ってくれる’ と、離したくないと思った瞬間だった。
なる程な。
聡美が俺に惚れる事はないって言ったわけが解った。
こんな風に聡美を理解しようとする奴が居たら、他の奴なんか目に入らないはずだ。
俺がそうだったようにな。
植田と会ったのが、今日でよかった!
煌が生まれた今日じゃなきゃ、こんな話されては自分だけが1人なんだと思い2人の仲が本物かどうか邪魔してたかも…いや、壊してたかもな。
だが、俺は1人じやない。
煌が居る。
誰にも邪魔されず、愛する事ができる存在だ。
生まれてきてくれた煌に感謝し聡美にも感謝した。
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