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第354話 番外編~和樹ver.~
遅れて昼食から戻った俺と柏原君がオフィスに入ると、神谷君は俺達をチラッと見て俺と目が合い直ぐに目を逸らした。
やはり……嫌われてる。
昼食で柏原君とたわいのない話しをして、気分転換になった気持ちが沈む。
「さて、午後もノルマの分やっちゃいましょう!」
「うん! もう少しだし頑張ろうね」
柏原君の言葉で仕事モードになる。
そうだよ! 別に、お昼ご飯を一緒に食べに行っただけじゃん。
海は他の人とも打合せを兼ねて2人で行ったりもするし……それだけだ!……気にしない.気にしない!
気持ちを切り替えカタカタ…キーボードを打ち始めた。
それから並木さんが社用を済ませ戻って来た。
「ただいま、戻りました」
『お疲れ~』『お疲れ様でした』
社員から一目置かれる存在の並木さんが戻ると、皆んな労いの声を掛けた。
社長である海よりある意味厳しく怖い存在だけど、その分気遣いや優しい事も皆んな知ってる。
俺も海とは違った意味で、1番尊敬してる人だ。
「あ~、疲れた~。何で、役所仕事の人って時間掛かるし待たせるしで。本当に、税金泥棒だよ!」
そんな文句を言い、社長室に入室して行った。
それから30分程で、海が社長室から出て来て神谷君を呼んだ。
「神谷君、ちょっと良いかな?」
「はい!」
呼ばれた神谷君は嬉しそうな声で返事をして社長室の前で海と少し話し、それから上機嫌で席に戻った。
周りの人達は最近の神谷君の海への態度で、俺と海と神谷君の微妙な関係を敏感に感じとって、俺には何も言わないけど、神谷君には興味本意で聞く人も居た。
「何.何~、社長と何の話してたの~。神谷君、何だか嬉しそうだね?」
興味と揶揄うつもりで言ってるんだろう。
その時に、並木さんが社長室から出て来て、俺の側に来て「明石君、社長が呼んでるから」と、いつもの和かな笑顔で話し、並木さんはそれから自席に戻り仕事をするようだ。
俺は社長室に歩いて行くと、神谷君の声が聞こえた。
「へへへ……社長とデートです。夕飯、ご馳走してくれるって」
「何で~~。昼食も一緒に行ったじゃん」
「ん~~、昼休憩だけじゃ時間ないから?」
「ふ~~ん、社長もやるなぁ~~」
たぶん、俺に聞こえるようにわざと……。
そんな会話が聞こえたが、無視して社長室に入室した。
海は椅子に座り書類を見てた。
「何か?ご用ですか?」
俺が声を掛けると、海は笑顔を見せた。
いつもと変わらない海だ! と安心した。
「悪いな、仕事中に。どうだ、商品掲載は順調か?」
「はい! 毎日、柏原君とノルマ決めて計画立ててやってますから、今の所は順調です。たまに書類不足とかあるので担当者に連絡したりもしますけど。あと3日で終わるかな?最後に、全体のチェックして終わりです」
仕事の進捗状況を話す。
「そうか、莫大な情報量で大変だけど頑張ってくれ。下地だけこっちでやれば、後は引き渡しても先方も楽に作業できるだろうから。頼むな」
仕事の話でわざわざ呼んだの?
別に、それならオフィスでも構わないんじゃ…と思ってた時に、海の顔から笑顔が消え申し訳無さそうな顔に変わった。
「和樹、ごめん! 今日、内勤で珍しく早く上がれるからって、俺から夕飯一緒に食べに行こうって誘ったのに……悪い、用事ができた。キャセルさせてくれ。すまない」
手を合わせて謝る海の姿に、さっきの神谷君の話してた内容とが一致した。
俺は海が困ると思って、本当の気持ちを隠して笑顔で話した。
「ん~楽しみにしてたけど…残念! 用事って?神谷君?」
本当は……落胆してたけど…さり気なく神谷君との用事なのか?聞くのが精一杯だった。
「ああ。昼食の時にも就職や就活の件で相談されてたんだが、時間があまり無くてな。神谷君が時間ある時に相談したいって言われて……並木にスケジュール確認したら、今日の夜ぐらいしか時間が取れないんだ。神谷君達も後数日でバイトも終わりだしな」
確かに、そうだけど…。
就職や就活は神谷君だけじゃない……柏原君も居るのに?
柏原君は何も言ってこないから?
神谷君だけが言って来たから?
そう思うけど、就活の大変さは俺が1番良く解ってる…不安な気持ちも。
誰かに、相談したいって気持ちも解る。
「そうか、3年生だもんね。もう、早い人だと就活してる人も居るしね。海は忙しいから時間無いもんね。ん~~解った。じゃあ、夕飯はいらないって事ね?あまり遅くならない?」
「夕飯食べて話し聞くだけだし、遅くならないよ」
そうか、遅くならない…か。
海の言葉にホッとした。
「じゃあ、この次の外食は焼肉~~! 上肉でね」
「解った.解った」
笑ってこっち来い!と手招きされた。
海の側に行くと膝を跨ぐように座らせられ抱きしめられた。
「あ~~、癒される~~」
海の背中に回した手で背中を撫でる。
1分程で、俺は膝から降り
「元気注入終わり! 仕事戻らなきゃ」
そう言ってドアに向かって歩くと海は声を出して笑ってた。
俺が社長室から出ると好奇な目で見たり.知らない振りしてくれたりと皆んなの反応は様々だった。
自席に歩く俺を神谷君は微笑んで見てた。
昼食から戻った時には、目を逸らしたのに……微笑まれて……それが俺には勝ち誇った微笑みに見えた。
海は正直に言ってくれたし、抱きしめてもくれた
いつも通りの海だった。
気にしない.気にしない……俺は柏原君がくれた呪文を唱えて残りの仕事を片付けようとパソコンに向かった。
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