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第355話 番外編~和樹ver.~

今日は珍しく皆んな割と早く退勤した。 ネットショップ関連の仕事も殆ど目処が立ったからだと思う。 「明石、まだ残ってんの?」 「もう少しで切りが良いんで」 「今日は皆んな早く上がったから、明石も早く上がれよ。じゃあ、戸締り宜しくな」 「はい! お疲れ様でした」 俺の他に数人残ってた社員もそう言って帰って行った。 オフィスには俺1人残った。 まだ仕事をしてる俺を見て柏原君も手伝うと言ってくれたけど、仕事が捗らなかったのは俺のせいだと思い「直ぐに終わるし、良いよ」と言って断った。 あと少しで終わりだ! 静かなオフィスにカタカタ…キーボードの打つ音がやけに響く。 それから30分程で仕事も終わり凝り固まった体を伸ばしてると、カチャッ!とドアが開く音がした。 海? 海と神谷君が伴ってオフィスを出て1時間は経ってた。 もしかして……早く終わって戻って来た? そう思うと同時に、嬉しそうに海と出て行った神谷君の顔も思い浮かんだ。 「あれ?電気点いてると思ったら和樹君だったの?1人?」 ‘和樹君’とプライベート用で話す並木さんは誰も居ない事もあり仕事モードでは無いようだ。 「あっ! お疲れ様です。さっきまで何人か一緒に居ましたけど」 「そうなんだ……そうか、社長は用事できたんだっけ。折角の和樹君との外食がパア~になった!って、少し不機嫌になってたからね」 並木さんも海と神谷君が一緒な事を知ってるんだ 「海が……そんな事を……」 「まあね。丁度良い! 今は2人っきりだから、和樹君に聞きたい事があったんだ」 「何ですか?」 何だろう?思い当たる節は無かった。 仕事で何かやっちゃったかな? 「ん?和樹君さぁ~、何か最近元気ないよね?私の気のせいかなぁ~。和樹君の悪い癖がまた出たのかと思って、気になった」 「俺の悪い癖?」 並木さんに俺が元気なく悩んでた事がバレてた…そして俺の悪い癖?って、何だろう。 「和樹君って悩んでたりしても周りに気を使って自分だけで考え込んじゃう所あるよね?空元気出して、皆んなには悟られないようにしてさ。健気って言うか.何と言うか……それって、和樹君の悪い癖だよ! 前にも言った事あるけどさ。1人で悩んでないで社長に話してみたら?社長に言いにくいなら私に話しても良いんだよ?誰かに悩みを打ち明けたり愚痴言って良いんだから。社長も私も和樹君の力になりたいのに……本人が何も言わずに居たら解らないし聞くに聞けないでしょう?何かあった?下らない事でも言ってみなさい!」 海にも告げ口をするようで言えなかった。 だから海の前でも…そして周りの人が俺に気を使う事も嫌で空元気出してた。 そんな俺の事を気に掛けてくれてたんだ…たぶん皆んなも気を使うとかじゃなく、気に掛けてくれてたのかも……。 並木さんの話しを聞いて、誰にも言えずに居た気持ちが溢れて涙が出て来た。 いきなり泣き出した俺に驚いて、並木さんは慌て始め……いつも冷静で厳しい並木さんのそんな姿も珍しかった。 海は1番頼りになるし尊敬もしてるし愛してるけど、それとは別に並木さんは仕事面でも人間的にも1番尊敬してる。 そんな並木さんに言われて、俺はずっと言えずに悩んで事をポツリポツリ…話し始めた。 並木さんも近くの椅子を持ってきて座り、側で聞いてくれた。 「……俺、誰にも言えずに…ひっくひっく…神谷君の事で……うぅ…ひっく…悩んで…」 「神谷君の事?ゆっくりで良いから話して」 泣き出した俺の背中を撫で優しく言ってくれた。 「うぅ…俺…神谷君に、何か気に触る事を知らないうちにしてたのかも……ひっくひっく…嫌われて……」 「何で、そう思ったの?仕事もそんなには接点ないじゃない?」 頭を横に振って意思表示した。 「俺にも解らないんです……突然…ある日から…うぅ…変だなって気がついた時には、軽く無視されたり聞こえない振りされたり……きつい目で見られたり……まだ、それだったら…うっ…うう…あと数週間だと我慢できた……けど…ひっく…最近になって海に……海の事を…カッコいいとか積極的に…俺と海との事は知ってるらしいのに……うっく…うぅ…当て付けるように俺の前で……」 涙を袖で拭いても拭いても…今まで誰にも言えずに我慢してた分、溢れて零れる。 「まあ、社長と和樹君の事はいずれ誰かから聞いてたとは思うけど……それを知っても?それで、今日の昼休憩を一緒に取ったり今も夕飯食べに行った事が、ずっと我慢してた和樹君には決定的になった訳ね。どうして社長に言わないの?告げ口って和樹君は言うけど、仕事の人間関係を上手くやれないなら、それは告げ口じゃなく指摘だよ! バイトなんだから、それはこちら側が注意しても良いんだから。和樹君が言えないなら、私から社長に話そうか?」 並木さんの話す事は…最もだ…けど……。 俺はまた頭を横に振った。 「なぜ?」 「俺……告げ口って事もあるけど……。海には知られたくないんです」 「何で?」 「うう…うっ……俺……神谷君から言われた…‘仕事だって、容姿だって大した事ないじゃん。全然似合わない’って。独り言のようでもあったけど、俺だけに聞こえるように…ひっくひっく……俺もそれはずっと思ってた事で…うぅ……」 ずっと誰にも言えずに居た反動で…心の中に引っかかってた事を全て並木さんに話してた。 「そんな事を言ったの‼︎ そんなの気にしちゃダメだよ‼︎ そんな似合うとか.そんな事で社長は和樹君を選んだんじゃないんだからね‼︎」 並木さんは俺と海が恋人関係になるまでの経緯を全部知ってる並木さんの言葉は信じられる。 ……けど………。 「それは解ってます。俺が海に知られたくないのは……ひっくひっく……皆んなが、俺と神谷君が似てると言うけど……ひぃっ…ひっく…確かに、背丈は似てるけど……俺には他に誰かに似てるとずっと心に引っかかってて……ひっくひっく……それが…神谷君に大した事ないとか似合わないとか言われて思い浮かんで……ひっくひっく」 「神谷君以外にも同じ様な事を言われた人が居たって事だね。その人は誰なの?」 「…………うう……うぅ……」 言いたく無かった! 幾ら尊敬する並木さんでも、惨めな自分を知られたくなかった。 「和樹君、泣いてちゃ解らないよ」 俺の背中を優しく撫で全部話すようにと並木さんの口調で解った。 俺は……惨めな体験を……恥を忍んで……口に出すと、もう止まらなかった。 「……ひっくひっく…ひっく…拓真の部屋の前で鉢合わせた浮気相手……うぅ……うう……その人も俺と似たような背格好で、だけど神谷君みたいに華やかな感じの人だった…ひっくひっくひっくそして……その時に、その人にも ‘拓真には似合わない、大した事ないじゃん’ と、神谷君と同じ事言われた……のを思い出して……そんな風に言われる俺を海には知られたくない……他の人から海に相応しく無いと言われてる事を知られたくない……惨めな俺を知られたくない……そんな卑屈な自分も嫌で、こんな風に思ってる自分が海には相応しくないと……うぅ…うう……解ってるんです‼︎」 「そんな事はないよ‼︎ 社長が和樹君の優しい所も明るい所も頑張り屋な所も、そして弱い所も優柔不断な所も全部解った上で、和樹君をあんなに愛してるんだから。私は卑屈だとも思わないし社長だってそうだよ。和樹君自身がそう思ってる事に、逆に怒り狂うかも知れないよ。それと和樹君にそんな事を言って傷付けた神谷君にもね。私もこう見えて今凄く腹が立ってる‼︎」 「お願いです! 海には言わないで下さい! 神谷君がどうこうって言うより……俺の心の持ちようなんだと思うから。それに……あと数日で……会わなくなるし」 「私としてはちゃんと和樹君の気持ちを社長に話した方が良いとは思うけどね。確かに…あと数日で神谷君達はバイトも終わりだし居なくなれば一件落着でもあるけど……和樹君はそれで心は持ち直すの?ずっとその言葉が心の中にあるんじゃない?時間が経って忘れる事が出来ても、また何かの拍子に今回みたいに思い出したりしない?解決にはならないと思うけどなぁ~」 並木さんの話す通りだとは頭の中では解ってるんだ……けど自分に自信が持てない。 そんな自分は……海には相応しく無いのは解ってる……惨めな俺の気持ち……いつ海に捨てられるかもって……心の奥底に…幸せな毎日に…気が付かない振りしてたけど……本当はずっとあった。 拓真に捨てられた事がトラウマになってる訳じゃない……拓真と海は全然違う‼︎ 海を信じてないわけじゃないけど……自分に自信がないのが原因なんだ。 その事だけは…並木さんにも言えなかった。 「お願いです、お願いします。海には言わないで! こんな俺を知られたくない! お願いします!」 泣きながら必死に並木さんの腕をギュッと掴んで頼む。 お願い! 掴んだ俺の手に手を重ねて 「解ったよ。和樹君の気持ちを優先にしよう。でも、もし…自分の正直な気持ちをどんなに卑屈だって何だって良いから社長に話せるなら自分から話してみて。社長は和樹君の事、大好きだから全て受け止めるよ。あの人は懐が深い人だって、和樹君も知ってるでしょ?」 俺の手を外させ、並木さんが子供をあやすように俺の頭を撫でて話す。 俺は何度も頭を縦に振り ‘知ってる.解ってる' と、意思表示した。 「それにしても和樹君の様子ぐらい一緒に生活してて解らないのかね~。鈍感なのかな?それとも幸せ過ぎて頭が回ってないのかな?あっ!それどころじゃないか?」 それどころじゃない?何だろう。 俺は目元を拭って並木さんを見た。 「あ~これは秘密厳守の事柄だった。ま、良いか社長が半年ぐらい前から取り組んでるプロジェクトなんだ。先方がなかなか頑固でね~。ずっと話しも聞いてもらえなかったんだけど、何度も通ってやっと話しを聞いて貰えるようになったって、浮かれてるんだよ」 「それって結構な大口の案件なんですか?前に、海が ‘門前払いされた~’って、落ち込んで帰って来た時があって、それからも月1回門前払い承知で何度も訪問してるみたいで、最近やっと話しを聞いて貰えるようになったって嬉しそうに話してましたけど…」 「そうだね。社長にとっては今までで一番困難で大切な案件なんだ」 「そんなに?あまりにも落ち込んでた海に ‘無理しないで止めたら‘って言った時に ‘ん~諦めるのは簡単だけど。必ず通らなきゃいけない事だしね。俺が諦めたくないんだ! 地道に何度断られてもやり遂げる! 俺には最優先事項だから…。それに得るものも大きい’って、‘また、地道に頑張る’って気持ちは落ち込んでたけど、目には力がありました。海は凄いなぁ~って、また尊敬しました」 「ふ~ん。その頑張りが解って貰ったって事でしょ?あと少しって言ってたしね。これって社内秘だからね?誰にも内緒だよ! 和樹君が1番近くで社長の頑張りを見てたんだから、その社長が和樹君が居れば、また頑張れるって言ってるんだよ。似合うとか似合わないとかじゃなく社長本人が和樹君が良いって言ってるんだから。社長を信じて!」 「信じてます。海はもちろん.並木さんも……ありがとうございます。少し落ち着きました」 俺は……誰かに話して聞いて貰いたかったんだ。 「良かった! じゃあ、夕飯でも行こうか?社長も夕飯食べて来るんでしょ?だったら、良いよね?それに、そんな泣き顔で帰らせたら、社長に私が何と言われるか解らないしね。和樹君の食べたい物を食べに行こう。私が奢るから」 「ご飯は行きますけど…。奢って貰うのは……自分で払います」 コツン! 頭を軽く叩かれてた。 「こらこら、先輩が奢るって言ったら素直に奢られなさい!」 「……はい!」 怒ってるわけじゃなく笑顔で話す並木さんに俺も泣笑いで返した。 それから俺は机の上を片付けて、並木さんと一緒に夕飯を食べに行った。 並木さんに誰にも言えなかった話しを聞いて貰えて……気持ちが軽くなった。

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