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見えない光9
「何、言ってるんだよ、あんた」
「さっきから、父親をあんた呼ばわりか? おまえこそどういうつもりだ」
「そんなこと、どうでもいい! 樹を……あの子を知り合いに預けただと? あんた、それでも父親かっ?」
もう我慢の限界だった。薫はテーブルを回って父親の横に歩み寄ると、肩を掴んで自分の方を向かせた。
「樹を、何処にやった!」
「お客さま。恐れ入りますが、他のお客さまの迷惑になりますので」
父親の胸ぐらを掴もうとした薫に、見かねた店の人間がすかさず近づいて、肩を掴む。
薫がそれを睨みつけて振り払おうとすると、藤堂はすくっと椅子から立ち上がり
「ああ。済まないね。少し席を外そう。薫、こちらに来い」
薫の手を払い除けて、テーブルに背を向け、入り口の方へ向かう藤堂を、薫は無言で追いかけた。
店の外に設置してある喫煙ブースに入り、煙草に火をつける藤堂に、薫は再び歩み寄ると
「ちゃんと説明しろ。樹を誰に預けた?」
「言ったはずだ。それがおまえに何の関係がある? だいたい、樹、樹とおまえの口から名前が出るほど、あの子とおまえが親しかったか?」
「質問してるのは俺の方だ。答えろよ」
藤堂は、激昴する薫を冷ややかに見ながら、煙草の煙をゆっくりと吐き出すと
「頭を冷やせ。そんな口の聞き方をしているおまえに、何も話すことはないぞ」
蔑むような静かな口調に、更にカッとなりかけたが、薫はぐっと自分を抑え込んだ。
この父親が話の通じない男なのは、今に始まったことじゃない。だからこそ、自分は家を出たのだし、これまで寄り付こうとしなかったのだ。
母が亡くなった時だって、この男はこうだった。すぐに出た再婚話に薫が怒りをぶつけた時も同じだった。今更、何も期待していないのだ。この男に父親としての情など。
それよちも、今は樹のことだ。
……落ち着け。冷静になれ。
薫は込み上げてくる激しい怒りを押し殺し、自分に必死に言い聞かせた。頭を冷やして、この男から樹のことを聞き出すのだ。
薫は掴みかかりそうになる自分の手を、戻して拳をぎゅっと握り締めた。
「父さん。俺は樹と親しくしていたんです。お義母さんから……何も聞いてませんか?」
藤堂は片眉をあげて、意外そうに薫の顔を見上げると
「初耳だな。そうか。あの子がふらふらと家を出て外泊していたのは……おまえの所か」
「お義母さんには、きちんと連絡をして許可を頂いてました」
藤堂は目を逸らし、二人吸い込んだ煙草の煙を吐き出しながら
「ふん。まだ私から学費の援助を受けている学生の身で、そんなことをしている余裕があるのか?」
蔑むような父親の声音に、薫は爪が食い込むほど強く、拳を握り締めた。
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