230 / 448

見えない光8

「え……? 父さん、それはどういう……」 父の口から出た言葉が信じられずに、薫は唖然として聞き返した。 「おまえが樹にいったいなんの用があるのか知らないが。樹はもう家にはいないぞ」 もう1度、繰り返される父の淡々とした言葉に、薫はガタンっと椅子から立ち上がった。 「いないって。もういないってどういう意味です! じゃあ樹は何処に」 身を乗り出し大きな声をあげた薫に、藤堂は苦虫を噛み潰したような顔をして、周りのテーブルにちらっと目をやり 「大声を出すな。他の客に迷惑だろう」 ため息混じりに嫌そうに呟く父親を、薫は呆然と見下ろした。 こんな大切な話をしていて、しかも樹は自宅にはいないなどと、おかしな事を言い出しておいて、父が気にするのはそこなのか。 薫は息を吐き出しながら椅子に座り直し 「父さん。あんたが言ってる意味が分からない。樹が家にいないって、じゃあ何処にいるんです」 「それがおまえに、何の関係があるのだ。おまえはあの家を飛び出した人間だぞ。だいたい、樹のことで大切な話があるという、おまえの言葉の方が意味がわからん」 藤堂はそう言って、フォークとナイフを手に取った。こんな状況で食事を続けようとする父の態度が信じられない。 「樹は、何処にいるんですか?」 薫は込み上げてくる怒りを必死に押し殺して、もう1度辛抱強く、同じ質問を繰り返した。 今夜の食事会は、薫が連絡をとって実現したものだ。本当は2日前の予定だったのに、仕事の都合で今日に延びたのだ。大事な話があるからと、樹にも出席してもらうようにと、樹の母親にくどいほど念を押したのに、やってきたのは父親1人だけだった。 藤堂は眉をあげてちらっとこちらを見たが、ステーキを切る手は止めずに 「おまえには、関係ないな」 また淡々と同じ返事を繰り返す。 薫はテーブルをダンっと叩いた。 「父さん。質問に答えてください」 「うるさいぞ。くだらんマナー違反をするな」 このままでは埒が明かない。 薫はイライラしながら 「樹の居場所、お義母さんならご存知ですね。直接聞きます。あんたとは話にならない」 言いながら立ち上がった。 藤堂は口に運んだ肉を咀嚼して飲み込むと、憮然とした顔で薫を見上げて 「アレにはもう電話はするな。おまえからの連絡をひどく嫌がっている」 薫はぎゅっと顔を歪めた。 「じゃあ俺の質問にあんたが答えろよ」 藤堂は目を逸らし、ナプキンで口を拭いながら 「あの子は、知り合いに預けた。いろいろと問題を起こして、私達の手にはおえなかったからな。環境を変えて、専門家に少し教育し直してもらうことにしたのだ」 「……っ?」 薫は愕然として、父親の頭を見下ろした。 ……今……何と言ったのだ? この男は。 義理とはいえ、自分の息子を、まだ未成年の子どもを……他人に……預けた?

ともだちにシェアしよう!