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見えない光8
「え……? 父さん、それはどういう……」
父の口から出た言葉が信じられずに、薫は唖然として聞き返した。
「おまえが樹にいったいなんの用があるのか知らないが。樹はもう家にはいないぞ」
もう1度、繰り返される父の淡々とした言葉に、薫はガタンっと椅子から立ち上がった。
「いないって。もういないってどういう意味です! じゃあ樹は何処に」
身を乗り出し大きな声をあげた薫に、藤堂は苦虫を噛み潰したような顔をして、周りのテーブルにちらっと目をやり
「大声を出すな。他の客に迷惑だろう」
ため息混じりに嫌そうに呟く父親を、薫は呆然と見下ろした。
こんな大切な話をしていて、しかも樹は自宅にはいないなどと、おかしな事を言い出しておいて、父が気にするのはそこなのか。
薫は息を吐き出しながら椅子に座り直し
「父さん。あんたが言ってる意味が分からない。樹が家にいないって、じゃあ何処にいるんです」
「それがおまえに、何の関係があるのだ。おまえはあの家を飛び出した人間だぞ。だいたい、樹のことで大切な話があるという、おまえの言葉の方が意味がわからん」
藤堂はそう言って、フォークとナイフを手に取った。こんな状況で食事を続けようとする父の態度が信じられない。
「樹は、何処にいるんですか?」
薫は込み上げてくる怒りを必死に押し殺して、もう1度辛抱強く、同じ質問を繰り返した。
今夜の食事会は、薫が連絡をとって実現したものだ。本当は2日前の予定だったのに、仕事の都合で今日に延びたのだ。大事な話があるからと、樹にも出席してもらうようにと、樹の母親にくどいほど念を押したのに、やってきたのは父親1人だけだった。
藤堂は眉をあげてちらっとこちらを見たが、ステーキを切る手は止めずに
「おまえには、関係ないな」
また淡々と同じ返事を繰り返す。
薫はテーブルをダンっと叩いた。
「父さん。質問に答えてください」
「うるさいぞ。くだらんマナー違反をするな」
このままでは埒が明かない。
薫はイライラしながら
「樹の居場所、お義母さんならご存知ですね。直接聞きます。あんたとは話にならない」
言いながら立ち上がった。
藤堂は口に運んだ肉を咀嚼して飲み込むと、憮然とした顔で薫を見上げて
「アレにはもう電話はするな。おまえからの連絡をひどく嫌がっている」
薫はぎゅっと顔を歪めた。
「じゃあ俺の質問にあんたが答えろよ」
藤堂は目を逸らし、ナプキンで口を拭いながら
「あの子は、知り合いに預けた。いろいろと問題を起こして、私達の手にはおえなかったからな。環境を変えて、専門家に少し教育し直してもらうことにしたのだ」
「……っ?」
薫は愕然として、父親の頭を見下ろした。
……今……何と言ったのだ? この男は。
義理とはいえ、自分の息子を、まだ未成年の子どもを……他人に……預けた?
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