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見えない光13
……怪我をさせた?わざと? 産まれたばかりの妹に……?
そんなことは初めて聞いた。自分が家を出た後に産まれた妹の華は、先天的な病気を持っていて身体が弱いのだと、聞かされていたのだ。
……でも……そんな馬鹿な。あの樹が赤ん坊にわざと怪我をさせるなんて……。
妹が産まれた時、ベビーカーごと坂から落としたらどうなるか、分からないような歳じゃなかったはずだ。下手をしたら怪我だけで済まないことも。
ぶっきらぼうで人見知りだが、本当は優しい心根を持った樹が、そんなことをするはずがない。
「何かの間違いです! 樹はそんなことが出来る子じゃない!」
「大声を出すな、馬鹿者が。おまえは樹のことをそれほどよくは知らんだろうが」
「少し付き合えば、あの子が優しい子だってわかる。それはきっと事故だったんです。樹は」
藤堂はうるさそうに手を振って
「あの子はな、妹がベビーカーから放り出されて泣いていても、助け起こそうともしなかったそうだ。私が事故の詳細を聞いても、よく分からない、覚えていないの一点張りでな」
「それは……きっと気が動転して」
「事故の後、少し落ち着いてから何度も聞いたがな、不貞腐れたような態度で、まったく反省している様子はなかった」
父親の苦虫を噛み潰したような顔を、薫は呆然と見つめた。話に出てくる樹と自分の知っている樹が、同じ人間のこととは到底思えない。
「それはきっと、難しい歳頃だから素直に出せなくて」
言い募る薫に、藤堂は舌打ちすると
「おまえはすっかり、樹に騙されているようだな。まったく……恐ろしい子だ」
「そんなっ。違う、俺は」
「事故の後からふらふらと家を出て歩くようになってな。私も美海……あれの母親もほとほと手を焼いていたのだ。だから巧に相談してみた。巧はあの子と根気よく向き合って、いろいろ話を聞き出してくれたのだ。それで、あの子に精神的な欠落があることがわかった」
藤堂は淡々とした口調で、畳み掛けてくる。
薫は反論の言葉を失った。
家で、叔父の巧に出くわしたのは、そういうことだったのか。単に留守の間の樹の面倒を頼まれてみているのだと思っていた。
しかし……。
知らない事実を突きつけられても、父の説明に納得など到底出来ない。
樹は優しい子だ。思春期特有の気難しさはあっても、決して病的ではない。
事故を起こしてしまったのならば、たぶんどうしていいのか分からなかっただけだ。あの子のことだから、罪悪感を人一倍感じて、金縛りになっていたのだ。わざと怪我をさせたなどということは、絶対に信じられない。
……落ち着け。こんなに取り乱していたら、父さんの言うことに反論も出来ないぞ。
絶対に何かの間違いなのだ。
哀しい誤解が重なっているだけだ。
薫は大きく深呼吸すると、父親にまっすぐ向き直った。
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