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見えない光19
月城が隣に腰をおろす。
腕を伸ばしてきて、肩を抱かれた。
その手の感触は優しくて温かい。
でも……自分は全て覚えているのだ。この優しい人が、自分にどんな行為をしたのか。
樹は微かに身体を震わせ、密着してくる月城から身を引いた。
「……ごめん。触られるのは、嫌かい?」
樹のさりげない反応に気づいて、月城がポツリと呟く。
何と言葉を返していいかわからなくて、樹は小さく首を横に振った。
興奮しきった巧の血走った目と、憑かれたような表情で巧からの指示に応える月城。
頭の中の靄がどんどん薄れて、脳裏に2人の姿が次々と蘇ってくる。
薬と枷で抵抗を封じられた自分の、浅ましい狂態。永遠に続くかと思うほどの、苦しさと紙一重の快感の波。
今、すぐ横で穏やかに自分を介抱してくれる月城と、記憶の中の彼はまるで別人だった。
でも、それは自分も同じだ。
嫌がって泣く自分の心と、与えられる悦びにどこまでも堕ちていく自分の身体。
心と身体が真逆の方向に引き裂かれて、バラバラになっていく恐怖。
月城に触られるのが、嫌なわけじゃない。
どす黒く汚れていく自分の身体そのものが、気持ち悪くて嫌だった。
「叔父さん……いるの?」
「いや。今日は人と会う約束が入ったらしいからね。出掛けているよ」
「そう……」
「引越しの準備。君は本当に何も持って行かなくていいのかい?」
遠慮がちな月城の問いかけに、樹はぼんやりと目を向けた。
「お義父さんが、僕の服とか、送ってくれるんでしょ?」
「1度家に帰って、持って行きたい荷物を取ってこようか?」
「……要らない。何も、ないし。……引越しは……いつ?」
月城は静かに首を傾げて
「準備が整い次第だね。巧さんは向こうの家をもう契約してるから。君の転校の手続きも進めてくれているそうだ」
「……学校……行かなきゃ、だめ?」
「義務教育だからね。出来れば高校にも行った方がいいよ。自分の将来の、為にも」
自分の将来。
そんなものが、あるのだろうか。
叔父に飼われて、言いなりに生きる自分の人生に、学歴なんか必要とは思えない。
思わず投げやりになって自嘲した樹の心を読んだように、月城は肩を抱く手に力を込めた。
「君が、いつか、巧さんから離れて、1人で生きていく日の為に、それは必要なことなんだよ、樹くん」
「……1人で、生きていく日なんか、来るの?」
月城は長い睫毛をそっと伏せた。
「あの人が、君に興味を失うのは……そう遠い日じゃないよ。巧さんが好きなのは……まだ大人になってない君だから」
樹は視線を自分の手に落とした。
ここに来て数日で、月城と話しているうちに、いろいろと気づいてしまったことがある。
「……ね、月城さん。僕は、叔父さんに、嵌められたんだよね?」
樹の零した問いかけに、月城は身体を強ばらせた。
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