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見えない光20
「樹くん、それは」
「いいよ。月城さんは、何も、言えないんだよね。立場があるんでしょ」
慌てて何か言い訳しようとする月城の言葉を、樹はキッパリと遮った。
「僕の、身体。おかしいのはほんとだよ。でも、叔父さんに、もっと変にされちゃったんだ」
「っ……」
「大丈夫。僕、わかってるから。もう元には戻れないって」
「……逃げてもいいんだよ、樹くん。俺はもうこれ以上、君のことを」
「でも逃げたら、にいさんが、酷い目に遭う」
「ね、彼の所に行こう、樹くん。薫さんに何もかも打ち明けて、一緒に考えてもらおう?」
苦しげな月城の瞳を、樹はじっと見つめて首を横に振った。
「それは、しない。絶対に、したくない」
「でも、このまま引っ越してしまったら君は、もう」
「僕の、決めたことだから。にいさんには、何も知らせない。迷惑は、かけない」
月城は樹の両肩をぎゅっと掴んだ。
「樹くんっ。一緒に逃げよう。俺はもう、耐えられないよ。やっぱり君はここにいちゃいけないんだ」
泣きそうな声の月城に、肩をガクガクと揺さぶられた。樹はゆっくりと首を横に振り
「逃げたら、月城さんにも、迷惑かけちゃう。僕は、嫌だ。ここにいる」
「樹くんっ」
悲鳴のような声をあげる月城の唇に、樹は指先でそっとあてた。
「月城さん、お願い、わかってよ。僕は、今の自分を、にいさんに、知られたくない。それだけは、死んでも嫌なんだ。にいさんには、汚くない僕だけ、覚えてて欲しいから」
「……っ樹くん……ごめん……俺が、君を、騙したんだ。俺が、君を」
「泣かないで。そんな顔、しないで。僕は大丈夫。にいさんのことが、好きだから。どんな目に遭っても、ずっとずっと、にいさんのこと、好きでいられるから。僕が、守ってあげるんだから。だから、大丈夫」
月城は何か言おうと唇を震わせ、やがて力なく項垂れた。
樹はほっとして細くため息をつくと
「少し、寝てもいい? 僕ちょっと、疲れちゃった」
「あ……ああ。ごめん。また熱があがってきたかな」
まだ涙声の月城が、気を取り直したようにそう言って、樹の背中の枕を外してくれた。
身体を横にさせてもらって、樹は、ほおっと安堵の吐息を漏らす。
全身がまだ重怠い。さっきより、身体は動かせるようになっていたが、月城の言うように熱があがってきたのかもしれない。
クリアになっていた頭の中が、またもやもやしてきた。目の奥が熱い。このまま何も考えずに、ゆっくり眠りたい。
目を瞑ると、だんだん意識が薄れていく。
途切れる瞬間、樹の脳裏に浮かんだのは、自分に必死に手を差し伸べる薫の、哀しそうな顔だった。
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