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見えない光26
「本当なんだろうな?」
「ふん。嘘だと思うならそこに行ってみろよ」
薫は腑に落ちない思いで屈み込み、その名刺を拾い上げた。
「……っ」
個人用のシンプルなその名刺には、名前と住所が印刷されているだけだ。
名前は……月城颯士。
……月城……。
それは樹の……恋人かもしれない男の名前だった。信じられなくて、文字を凝視する。
間違いない。月城だ。
……樹は……あの男の所に、いるのか。
もう会わないと約束した。自分が代わりに恋人になるから、もう月城には会うなと言ったはずだ。それなのに、樹は……
「用件がそれだけなら、俺は仕事に戻るぞ。まったく……無駄な時間を使わせるやつだ」
「待て!」
薫はまだ名刺の文字に釘付けになったまま、叫んだ。
「月城……。こいつと、あんたの、関係は!」
「ふん……。さっき話しただろう? 俺の研究室の、助手だ」
「……っっっ」
薫は息をのみ、ばっと顔をあげた。自分を見る巧と目が合う。叔父は、妙に冷めた目付きで自分を見ていた。
「助手……。さっきの、動画の話の、男なのか? こいつが」
「まあ、そういうことだ。樹がどうしても会いたいとごねるからな。まあ、最後だと思って好きにさせてやっているんだ」
「最後だと? ……どういう意味だ」
巧はふぅ……っと溜め息をつくと
「まだ俺を質問責めか? どうせ俺が何を話してやったところで、おまえは信じないんだろう? いいからそこへ行って、直接2人に聞いてみろよ。……お楽しみの最中かもしれんがな」
最後の言葉は小さく呟くように言って、哀れむような目を向けてくる巧を、薫はキツく睨みつけた。
「樹を、父さんから預かったくせに、そんな男と2人きりにさせているのか、あんたは」
巧は首を竦めてみせた。
「おまえはな、樹のことをわかっていないんだ。だからそういうことが簡単に言える。あれを月城から引き離す為に、俺がどれだけ苦労していると思っているんだ……。まあいい。もう行けよ。自分で納得いくまで、樹と話をしてみろ」
薫はぎゅっと拳を握り締めると、踵を返して玄関のドアを開けた。
月城の名前が出ただけで、頭の中にがんがんと大きな音が鳴り響くくらい、血がのぼっていた。あがってきたマンションのエレベーターに乗り込み、叩きつけるようにしてボタンを押す。
樹が、月城と会っている。
ショックだった。
自分との約束を、樹は破ったのだ。
「樹……」
エレベーターを降りてマンションの外へ出た。見上げる空には薄く雲のかかった下弦の月が、ぼんやりとした光を放っていた。
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