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月の腕(かいな)に抱(いだ)かれた星4※
身体は薬の効果で昂っていたが、月城の心は萎えきっていた。
指示通りにしなければ、監視カメラの向こうの巧が、樹にどんな酷い仕打ちをするかわからないから従っている。
でも正直、もうこんな茶番はうんざりだった。
怒り狂った薫に殴られても、最悪、殺されたって構わない。この、自分ではどうすることも出来ない役割から、一刻も早く解放して欲しかった。
「きさまっよくも樹をっ」
大きく振り上げた薫の腕が、唸りながら飛んできて頬を直撃する。ガっという鈍い音と共に、目の前に火花が散った。そのまま床に倒れそうになる自分に、薫は馬乗りになり、再び腕を振り上げた。
「やめてっっっ!」
樹がつんざくような悲鳴をあげ、よろよろと床に転がり落ちた。上手く力が入らない手で這うようにして近寄ってきて、薫と自分の間に自分の身体を滑り込ませる。
「やめてっにいさんっだめ!!!」
樹はこちらに覆いかぶさり、庇うように両手を広げた。薫はカッと目を見開き、腕を振り上げたままピタリと動きを止める。
「どけろ樹っ」
「だめっにいさんやめてっっっ」
「どうしてそいつを庇う! そいつはおまえを」
樹はぶるぶると首を横に振りながら
「違う!月城さん、悪くない!違うっにいさん、違う!」
「どけろ、樹、そいつはおまえをおもちゃにしてるだけだ!」
薫は手を伸ばして樹の腕を掴むと、引き起こそうとした。その手を樹は必死に振りほどき
「月城さんは、悪くない! 僕が、してって言ったんだっ。にいさんどーしてこんなとこ来るのっ?出てってよ!」
「っ樹……っ」
「どうしてっ? なんで来たのっ? 勝手なこと、しないでよ!にいさんのバカっっっ」
泣きながら叫ぶ樹の言葉に、薫はたじろいだような顔になり
「樹、でもおまえは」
「帰って! もう帰ってよ! 僕と月城さんの邪魔、しないでっっっ」
「……っ」
薫は息を飲み、黙り込んだ。
さっきまでの怒りの形相が一変し、青ざめ強ばっている。月城は殴られた頬を手で押さえながら、樹と薫を見比べた。
樹は、この一部始終を巧が監視カメラで観ていると知っている。だから、必死に薫を追い返そうとしているのだ。
薫は何も知らない。けれど、薫が本当に樹のことを理解して愛しているのなら、きっと分かるはずだ。樹の哀しい嘘を。
いや、分かって欲しい。頼む、お願いだ。
息の詰まるような沈黙が流れた。
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