253 / 448
月の腕(かいな)に抱(いだ)かれた星5※
「樹」
「出てって! 2度と僕に、近づかないで!」
「っ。樹、どうしてなんだ。おまえ、にいさんと約束したよな? にいさんがそいつの、代わりになるって。もうそいつには会わないって」
樹は、月城の頭をぎゅっと抱きかかえ、薫を睨みあげた。
「そんなの、無理。だって、僕は月城さんのことが、好きなんだ。にいさんはにいさんでしょ。僕の恋人なんかじゃ、ないっ」
震える涙声。
でも樹はキッパリとそう言い切る。
この幼げで儚い見た目の樹の、いったいどこからこんな強さが出ているのだろう。心とは裏腹の哀し過ぎる嘘なのに、樹は必死に言い張っているのだ。ただただ、薫を守るために。薫の将来を台無しにしたくない一心で。愛しているからこそ、義兄が大切だからこそ、このか細い手で護ろうとしているのだ。
薫はまた、顔を引き攣らせて言葉を失くした。
……無理だ。樹くんのこの迫真の演技じゃ、薫くんがどんなに樹を愛していても、見破ることなんか出来ない。頼むから、その手を伸ばせ。樹くんの血を吐くような偽りの言葉に惑わされるな。
あんたしかいないんだ。差し伸べたその手で、樹を救い出してやれるのは。
月城は樹の腕の間から、監視カメラの方にちらっと目をやった。
冷たいレンズ越しに、こちらを見ている巧の目。
あの目の呪縛から、自分は解放されなければいけない。もう無理なのだ。限界だ。彼の支配から逃れるならーーーそれは、今しかない!
月城が覚悟を決めて口を開こうとしたその時、薫が動いた。
手を伸ばし、樹の腕を掴むと
「おいで、樹。にいさんと一緒に行こう」
「っ」
樹はびくんっと震えて息をのんだ。
薫は強ばった顔にぎこちなく微笑みを浮かべている。
「なあ樹、おいで。話なら、にいさんいくらでも聞いてやる。でも今は一緒に行こう、な?」
表情は酷く強ばっているが、優しい眼差し。
そして穏やかに心にしみてくるような優しい声。
月城は呆然と薫を見上げて、開きかけた口を閉じた。
薫は、樹だけを見ていた。
他の何にも惑わされず、ただ樹だけを見つめている。
自分を抱える樹の身体が、小刻みに震え出した。樹は、自分に差し伸べられた薫の手を見ている。泣き出しそうな目で、じっと。
……樹くん。その手を、掴んで!
月城は祈るような思いで、心の中で樹に叫んだ。樹は薫の手を見つめたまま動かない。
「おいで、樹。俺と一緒に行こう」
薫が再び、口を開く。
その表情は、さっきよりも柔らかい。
その声音に、迷いはない。
その眼差しは、優しく真っ直ぐに、樹だけに注がれている。
樹の身体が、がたがたと震え出した。
口を震わせ、何か言おうとしても、言葉にならない吐息だけが漏れる。
「樹くん、掴んで」
ともだちにシェアしよう!