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月の腕(かいな)に抱(いだ)かれた星6
思わず言葉が、零れ落ちていた。
薫が少し驚いたようにこちらを見る。
「その手を、掴むんだ、樹くん」
語気を強めもう1度放った言葉に、樹がはっと息をのんで振り返った。信じられない……というように大きく見開かれた目には、驚愕以上に恐怖が滲んでいる。
「な、に、言って……」
「おにいさんの手を、掴むんだ」
月城は重ねて言うと、樹の身体を薫の方にぐいっと押しやった。樹はいやいやをするように首を激しく振って抗い
「っなに、言ってんの、月城さ、だめっ」
樹の涙目がうろうろと監視カメラの方を彷徨う。月城は安心させるように、にっこり微笑んだ。
「行くんだ、樹くん。薫さんと一緒に」
樹は、張り裂けんばかりに見開いた目に、じわりと涙を浮かべた。
「だめ。月城さん、だめっ」
「だめじゃない。俺のことはいい、後は任せて。君は、その手を掴んで、離すなっ」
樹は再び首を激しく振った。溢れ出した涙の雫が辺りに飛び散る。
月城は顔をあげて、自分を見下ろす薫の目を真っ直ぐに見つめた。
薫は眉間にシワを寄せている。
今ここで、どんな言葉を発しても、自分の言葉はおそらく薫に、正確には伝わらないだろう。
だから月城は、ぐっと口を噤むと、樹の手を掴んで薫の方へと持ち上げた。
言えない言葉の代わりに、思いの全てを視線と表情に込めて。
……頼む。樹くんを連れて逃げてくれ。この、忌まわしい檻の中から。
薫は戸惑いと疑惑に揺れる瞳で、じっとこちらを睨みつけていたが、ぐっと表情を引き締め、無言で手を伸ばしてきた。月城の手を振りほどこうと必死にもがく樹の手を、薫の手がしっかりと掴む。
月城は樹の身体をもう1度、薫の方に押し上げた。ふわっと浮き上がった樹の身体を、薫が引き起こして抱き締める。
樹はひぃ……っとか細い悲鳴をあげ、薫の腕の中から振り返ってこちらを見下ろしてきた。
ぼろぼろと溢れて止まらない涙が、照明を反射してきらきらと零れ落ちる。
「だめ……ぇっ、つきしろさ、だめっ」
「行くんだ!樹くんっ」
泣きながら身を捩る樹を、薫は両手で抱えあげた。一瞬だけ、強い眼差しでこちらを睨んだ薫が、そのままドアの方に歩き出す。
月城はよろけながら、床に落ちていたガウンを掴んで駆け寄り、樹の身体にふわりと掛けた。
泣きじゃくる樹を抱いて、薫が部屋を出て行く。
その後ろ姿に、月城は心からの祈りを捧げた。
……薫くん、樹くんを、お願いするよ。どうかその子を、幸せに。絶対に……幸せに……っ。
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