255 / 448
月の腕(かいな)に抱(いだ)かれた星7
「ねっ離してよっおろせってばっ、にいさんの、ばかっっおろしてよっ」
車を停めた表通りまでは、まだ距離がある。
腕の中で泣きながら、めちゃくちゃに暴れる樹を、何度も落としそうになった。
薫はこのまま抱いて連れて行くのを諦めて、目立たないように外壁近くの植木の陰に行くと、いったん樹の身体を地面に降ろした。
途端にマンションに引き返そうとする樹に、追いすがって後ろからぎゅっと抱きすくめる。
「っはなせってば離せよ!」
「樹。頼むから暴れるな」
「離せよ!戻んなきゃっ月城さんがっ」
「頼む、樹。騒がないでくれ、頼むよ。にいさん、これじゃあおまえを、誘拐したみたいになってしまうから」
「っ」
弱り果てた薫のそのひと言に、泣き喚き暴れていて樹が、ぴたっと静かになった。
薫は抱き締める腕の力はゆるめずに、身を乗り出して樹の顔を覗き込む。
樹は真っ赤に泣き腫らした目でこちらを見返した。涙の粒が睫毛にくっついて、外灯の光を受けて煌めいている。
「にい、さん……」
「とりあえず、まずはにいさんと車に行こう、樹。おまえと話をしたいんだ、きちんとな」
樹は大きな瞳をぎゅっと歪めると、マンションの方にうろうろと視線を彷徨わせた。
「……っでも、月城さ、でも、僕、」
しゃくりあげる忙しい息の合間に、必死に言葉を紡ぐ樹を、薫はせつなく微笑んでぎゅうっと抱き締め
「月城はおまえに逃げろと言っていた。だから今は、にいさんと一緒に行こう、樹。どんな事情があるのか、ちゃんと教えてくれ」
「……っでも!」
「樹……お願いだ。にいさんと行こう?な?」
「……っ」
樹の身体から、がくんっと力が抜ける。
卑怯な言い方をしていると、自覚はあった。樹は自分と一緒に行きたがってはいない。あのまま月城の側にいたかったのだろう。でも優しい子だから、自分の必死の懇願を無視することは出来ないのだ。
さっき目に飛び込んできた衝撃的な光景。
月城の身体を受け入れて、悦びに身を捩る樹の艶めいた肢体。そして甘えたような喘ぎ声。
もう、ありえないことだと、打ち消すことは出来ない。樹は月城に抱かれていたのだ。おそらくは、何度も。樹自身の意思で。
ハッキリとこの目で見てしまった。この耳で聴いてしまった。信じたくはなかった真実を。
沸き起こった憤怒に抗えず、月城を殴り飛ばしてしまったが、邪魔者なのは彼ではなく自分だ。樹は彼を愛しているのだから。
それでも、諦めることが出来ずにいる。嫌がる樹を強引に引き剥がしてでも、自分は樹を、月城に渡したくない。誰にも、渡したくない。
ともだちにシェアしよう!