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月の腕(かいな)に抱(いだ)かれた星8

黙り込んでしまった樹の細い肩を抱いて、薫はゆっくりと歩き始めた。樹は足元がおぼつかない様子で、項垂れたままよろよろと歩く。顔をあげてこちらを見ようともしない。 腕の中の小さな温もりが、ひどく遠くに感じた。こんなにしっかりと寄り添っているのに。 薫は挫けそうになる心を必死に押し殺し、半ば引き摺るようにして、樹を車まで連れて行った。 助手席に樹を乗せて、車を発進させた。 樹は1度だけ顔をあげ、窓の外の遠ざかっていくマンションを見つめた。 それを薫は横目で見ながら、黙ってハンドルをきる。角を曲がって建物が見えなくなると、樹は諦めたように前を向いて、また深く項垂れた。 なんと声をかけていいのか分からない。 父とのやり取り、叔父との言い合い、そして教えられたマンションに駆けつけて、目撃してしまったさっきの光景。 次々と突き付けられる知らなかった情報が、頭の中で錯綜している。 ショックが続いた頭は興奮状態で、とても冷静に何かを考えられる状態ではなかった。 ただひたすら思うことは、樹を失いたくないという感情だけだ。 冷静にならなくては。 頭を冷やして、落ち着いて樹と話をしなくては。 「どこに、行くの?」 沈黙のまま、20分ほど車を走らせていた時、不意に樹がぽつりと呟いた。 いつのまにか爪が食い込むほど握り締めていたハンドルを、薫は手の力をゆるめて持ち直してから、そっと助手席の樹に視線を向けた。 樹はまだ項垂れたままだ。ただ、身体が小刻みに震えて、吐く息が少し荒い気がした。 「……具合、悪いのか?」 低く嗄れた声が出てしまった。薫は咳払いをしてから 「気分が悪いのか? 樹」 柔らかい声音で言い直すと、樹はぴくんっと震えてから、のろのろと顔をあげた。 その顔を見て、薫はハッとした。 樹は真っ赤に泣き腫らした目を大きく見開き、こちらを真っ直ぐに見つめてきた。 その目は哀しそうなのに、とろんとしていて、まるで熱にうかされているように見える。 薫は慌てて外を確認すると、すぐ先に見える空き地に車を停めた。 アパートまではまだ20分ほどかかる。 住宅もまばらな田舎の、田んぼに囲まれた一本道だ。ここは、その脇にある農作業用の空き地のようだった。 街灯も少なく、辺りは闇と静寂に包まれている。 薫はハンドルを離すと、手を伸ばして樹の額に手のひらをあてた。 樹の額はうっすらと汗ばんではいるが、思ったほど熱はないようだ。 薫が触れると、樹は明らかに動揺したようにビクリと震えた。その、樹の怯えたような反応が、薫の心を酷く傷つける。 ……俺に、触られるのは、嫌か? 樹……。

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