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月の腕(かいな)に抱(いだ)かれた星15※

アパートの部屋に入るまで、ずっと無言だった。ふらつく樹の細い身体をほとんど抱えるように支えながら、車から降りて階段をあがった。 自分だけが熱を放出した後、気を失ったようにぐったりした樹の下腹から、苦労して貞操帯を外した。発散し切れずにひくついていた樹の身体は、ようやく縛めが外れると、とろとろと半透明の蜜を力なく噴きこぼした。車に常備していたウェットティッシュで、汚れてしまった身体を手早く清め、肌蹴ていたガウンを着せてやる。樹は薄く目を開いたまま、放心していた。そのぼんやりとした目は、こちらに焦点を結ばない。でもそれでよかった。今、樹のその大きな瞳で見つめられたら、自分は罪人のように目を伏せるしかないのだから。一方的に押し付けてしまった自分の行為に、どんな謝罪も言い訳の言葉も浮かばない。 「段差、気をつけて」 そっと声をかけながら、部屋に樹を連れ込むと、そのままベッドに向かい、腰をおろさせる。手を離して、台所に向かおうとすると、後ろから伸びてきた樹の両手が腰に抱きついてきた。薫は、はっとして縋り付く樹を見下ろす。 樹の瞳は、やはりぼんやりとして焦点が合っていない。 「い、つき」 「にいさん、ぎゅって、して?」 薫は、目を見開き、息をのんだ。 ……今、樹は……何て言った……? 「にいさん……ぎゅって、してよ」 吐息のような樹の囁き。でも、たしかにそう言った。ぎゅっとして、と。 「……っ、いい、のか?」 樹はどこを見ているのかはっきりしない瞳のまま、こくんと頷いた。 薫は込み上げてくる想いをぐっと押し殺し、樹に身体を向けて屈み込む。 自分に向けて伸ばされた手を掴み、ぐいっと引き寄せた。 許されたのだと、勘違いした訳じゃない。 でも、樹は「にいさん」と呼んでくれた。他の誰でもない自分に、ぎゅっとして欲しいと言ってくれたのだ。軽蔑され、嫌悪され、激しく拒絶されても仕方のないことをした自分に。 「樹っ」 細い腕を手繰り寄せ、必死に抱き寄せ、抱き締めた。折れそうに華奢なその小さな温もりに、縋り付いているのは自分の方だ。 「に……さん」 「……っ、いつき、樹っ」 許してくれとか、ごめんとか、そんな言葉は口が裂けても言えない。言ってはいけない。 でも、許されたいと痛切に思った。 愛しているのだ。誰にも渡したくない。 たとえ、樹の心が他の男に向いていても、やっぱり自分は愛しているのだ。強引に奪わずにはいられないほどに。

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