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袋小路の愛1
薫は朝まで、甘い香りのする身体に溺れた。
途中で何度も樹の身体を気遣い、抱くのをやめようとしたが、樹はその度にむずかり、しがみついてきた。
突き放せる訳がない。
叔父の元から攫うように連れてきたのだ。
父親や叔父が、このまま黙って見過ごしてくれるとは思えない。
朝になれば、誰かが、樹を連れ戻しに来るだろう。自分はまだ学生の身で、樹は更に幼く、本来なら親の保護が必要なのだ。
激情に任せて連れ去ってみても、自分の力だけで樹を養えるはずがない。
経済的にも社会的にも、まだ力のない自分が恨めしかった。
何度も何度も愛し合い、2人とも疲れきり、やがて糸が切れたように眠りについた。
翌朝、目が覚めると、履修している1限目には到底間に合わない時刻になっていた。
夜通し愛し合った身体は、まだ奥の方がじんわりと熱を帯びていて、全身が酷く気怠い。
気絶するように先に眠りについた樹は、自分の腕の中で丸くなって、死んだように眠っている。その顔つきは穏やかだったが、荒淫の疲れが目元に滲んでいた。
こんな愛し方をしていたら、いずれ自分は樹を壊してしまう。
薫はどうにもならない暗い気持ちで、深いため息をついた。
これから自分は、どうするべきなのだろう。
親に知られているこのアパートを出て、何処か誰も知らない場所に、樹を連れて逃げるか。
勉強の合間にバイトをして貯めた金はそれなりにあるが、新しく別の場所に移るとなれば、貯金は使い果たしてしまうだろう。
あと少しで卒業出来るはずの大学も、辞めるしかない。いずれ返す約束ではあるが、大学の費用は全て父親持ちの身だ。
これからのことを冷静に考えれば考えるほど、樹は自分のそばには置いておけない。
でも……手離したくない。
樹が自分の手の届かない場所へ行く。
我儘だと分かっていても、耐えられない。
「んぅ……にいさん……?」
暗い堂々巡りに沈んでいて、いつの間にか随分時間が経っていたらしい。
腕の中の温もりがもぞもぞと動いて、可愛い声で自分を呼んだ。
薫は、はっと我に返り、胸元に視線を落とす。
樹はまだ眠そうに目をしぱしぱさせながら、黒目がちな瞳で自分をぼんやりと見上げていた。
少し目蓋が腫れぼったいのは、昨日、何度も泣いたせいだ。薫はせつなく微笑んで、樹の髪を柔らかく撫でた。
「おはよう。樹」
樹は無言でぽけーっとしていたが、急にはっと息をのみ、目をきょろきょろと動かした。
「……アパート……?にいさんの」
「ああ。そうだよ」
樹の視線がうろうろ彷徨った後、再び自分の方に戻ってきた。柔らかい猫っ毛にひどい寝癖がついて、あちこちがぴょんぴょん跳ねている。薫は指先でそれを撫でつけながら
「もう、昼近いな。腹が減ったか?」
樹はじーっとこちらを見つめたまま、無言で首を振った。
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