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袋小路の愛2
「なあ、樹。ドライブに行こうか」
ぴんぴんと跳ねた樹の柔らかい髪の毛を撫で付けながら、薫がそう言うと、樹は大きな目をぱちぱちさせた。
「ドライブ……って、何処に?」
薫はまだぽやんとしている樹の頭を優しく抱き寄せ、てっぺんにそっと口づけを落とすと
「特に行き先は決めてないな。……嫌か?」
樹はもぞもぞしてから、ゆっくりと顔をあげ、こちらを真っ直ぐに見て
「嫌じゃない。にいさんが行きたいなら、いいよ」
ため息のように呟いた。薫は目を細め、樹のつぶらな瞳をせつなく見つめた。
「そうか。一緒に行ってくれるか」
「うん」
薫はもう一度、樹の頭に優しいキスをしてから、ベッドを降りた。
「おいで。シャワーを浴びたら出掛けるぞ」
出来るだけゆっくりと丁寧に、樹の髪の毛や身体を洗ってやった。
もしかしたらそろそろ叔父か両親が、樹を連れ戻しに来るかもしれない。それは樹との別れを意味したが、樹の為にはその方がいいのかもしれないと、薫は迷い続けていた。
自分1人が苦労するのならばいい。だが、このまま樹を連れて逃げれば、素性を隠し親や叔父から逃げ回る生活になる。樹を学校にもまともに通わせてやれなくなる。
将来のある1人の少年を、自分のエゴだけで振り回すのは、やはりダメだと思った。
自分に樹の未来を奪う権利はないのだ。
手離したくない。別れたくない。
このままずっと一緒に、生きていきたい。
でもそれは、出来ない。
愛しているから側にいたいのに、愛しているからこそ、側に置いておくわけにはいかない。
薫は手を止めて、樹の身体を洗うスポンジをぎゅっと握り締めた。
「……にい、さん?」
樹が訝しげにこちらを見上げる。薫は歪めた顔を柔らかくほぐして微笑むと
「流すからな。目、瞑っていろ」
「うん」
樹はこくりと頷くと、素直に目を閉じて俯いた。
コックをひねって湯の温度を確認してから、シャワーノズルを掴んで、樹の頭上にかざす。
樹の全身を包んでいた白い泡は、流れ落ちるお湯とともに消えていく。
代わりに現れた、まだ幼さの残る華奢な白い身体。
薫はノズルをフックにかけると、樹の身体をぎゅっと抱き締めた。
「樹……っ」
「に、さん。なに?」
「いや……なんでもない。何でもないよ。そろそろ出よう。何か美味いものでも食いに行こうな」
樹はちょっと不思議そうに首を傾げ、こちらの顔を覗き込むと、きゅっとしがみつくように抱き締め返してくれた。
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