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誰そ彼月2
(……義兄さんだ……っ)
ぷっぷっという短いクラクションに、樹が振り返ると、見覚えのある車がすぐ後ろに停まっていた。フロントガラス越しに、薫と目が合うと、樹は嬉しくて、思わず頬がゆるんだ。
(……義兄さん……義兄さん……義兄さん)
樹はいそいそと車に近づき、助手席側の窓から、中を覗き込んだ。薫は窓を開けて、何故か不思議そうにこちらを見つめてから、
「乗れよ」
そう言って、にこっと笑ってくれた。
大好きな義兄の笑顔。胸がドキドキする。
樹はこくんと頷くと、ドアを開けて車に乗り込んだ。
「だいぶ待ってたのか?」
「……ううん。さっき着いたとこ」
「……そうか」
「どこ……行くの?」
「俺のアパートに直行だ。あ。樹はどこか行きたい所、あるか?」
「別に、ない」
樹が答えた後、しばらく沈黙が続いた。
さっきからずっと心臓がドキドキしてる。義兄に聞こえてしまいそうで、樹はそっと自分の胸を押さえた。
「……昨夜……泊めてもらったのは、前に言ってた学校の友達か?」
薫の声が、ちょっと掠れている気がして、樹はちらっと隣を見た。
「……うん。……学校の、先輩」
「その子の家から……1人で歩いて来たのか?」
「……え?うん。駅から近いから」
不意に薫がこっちを見た。樹が薫を見返すと、何か言いたげな顔の薫と目が合った。
「……?……なに……?」
「いや……」
「信号……青」
薫ははっとしたように前を見て、車を発進させた。
それからしばらく、薫は黙って車を運転していた。樹は薫が何か言いたそうにしていたのが気になったが、薫は何も言わない。
樹が嘘をついたのが、薫はすごく嫌だった。
何だか無性に腹が立つ。
自分が何も喋らないのが気になるのか、樹はちらちらと時折こちらを見ていたが、薫は自分がイライラしている自覚があったので、無言で車を走らせた。口を開けば、何か嫌なことを言ってしまいそうで怖かった。
冴香との朝のやり取りのショックを引き摺っていたから、樹と一緒に過ごして気分転換がしたかったのに、心は前より沈んでしまった。
でもこんなのは八つ当たりだ。樹は何も悪くない。分かってはいたが、心の奥にどす黒い気持ちが広がっていく。
(……おまえを車で送ってきた、あの男は誰なんだ?)
そう、ひと言聞けばいいのに、聞けないまま、もやもやしている。
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