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誰そ彼月3
車の中で、薫は珍しく無口だった。いつもなら楽しそうに話しかけてくれるのに。
樹は気になって、何回も薫の横顔をちらちらと見ていた。
義兄は何だか元気がない。顔色が良くないし、表情が暗い。樹は義兄に元気になって欲しくて、何か楽しい話をしようといろいろ考えてみたが、どんな話をしていいのか分からなくて、結局黙って車に乗っていた。
アパートに着いて車から降りて、鍵を開けて部屋に入った途端、薫は急に我に返ったように
「あ……っそうか、飯。樹、おまえ、昼飯まだだよな?」
「……うん」
「しまったな。途中で何か買ってくれば良かった」
樹は首を傾げ、台所の冷蔵庫を開けて、中を覗き込んだ。
(……お肉……ない。お野菜は……にんじんとかピーマンの切れ端がちょこっとある。卵は1パックまるまる残ってる)
「兄さん、ご飯ある?」
「いや。炊かないとないな」
「肉はないよね?」
「んー……いや。冷凍庫に豚挽肉があったはずだ」
「豚挽肉……。じゃあ、作る」
「作るって何を?」
「炒飯」
目を丸くしてる薫は放っておいて、樹はまずお米をといでご飯を炊いた。炒飯を作るのなら、出来れば炊きたてのご飯じゃない方が良かったけれど。
冷蔵庫から、玉ねぎの萎びたものと、にんじんの尻尾みたいなものと、ピーマンの切れっ端を取り出して、包丁でみじん切りにしていく。
最初は、樹のやることをぼんやり見ていた薫が、興味津々に近寄ってきた。樹の手元をしばらく観察してから、うーんと唸って
「おまえ、手際いいな。前より上手くなってるだろ」
しきりに感心してる。
(……そんなに側にひっつかないでよ。緊張しちゃうってば)
樹は内心そう思ったが、薫がさっきよりちょっと元気になっているのが嬉しくて、余計なことは言わずにいた。
夏休みに入ってから、樹は通いの家政婦さんに頼み込んで、台所の手伝いをさせてもらっている。無口で無愛想な家政婦さんは、最初、樹のやる事を胡散臭そうに見てたが、洗い物を手伝ったり、野菜の下ごしらえを率先してやったりしていたら、だんだん機嫌が良くなってきて、最近は簡単な料理の作り方やコツを、教えてくれるようになった。だから、薫の言う通り、樹の料理の腕は確実にあがっている。
残り野菜で炒飯を作るのは初めてだが、多分、薫が作るよりはかなり上手く出来るはずだ。
子どもみたいに好奇心いっぱいに、あれこれとちょっかいをかけてくる薫を無視しながら、樹はお肉をレンジで解凍して炒めて、野菜も炒めて一旦皿に盛った。硬めに炊いたご飯を溶き卵に加えてから強火で炒めて、肉と野菜をフライパンに戻して炒め合わせてから、最後に味見しながら調味料で味付けしていった。
「美味いな。樹、おまえは料理の天才だな」
(……義兄さん、それ、3回目)
「店で食べる炒飯より美味いぞ」
(……義兄さん、それも、3回目だから)
薫はすごく美味そうに炒飯を頬張りながら、大袈裟なくらい褒めてくれる。
炒飯は思った以上に上手く出来たと自分でも思う。薫はすっかり元気になって、本当に子どもみたいに喜んでくれている。
こういう時の義兄は、ものすごーく可愛いと思う。
樹は内心きゅんきゅんしながら、それを顔に出さないように苦労していた。
お代わりをよそいに行って戻ってきた薫が、またひと口食べてから
「おまえ、本当に料理上手いよなぁ」
しみじみと感心しながら言った。樹はとうとう堪えきれずに、噴き出した。
「兄さん、同じことばっか、言ってるじゃん」
「だってすごいだろ。あんなしけた材料が、こんなに美味い炒飯になるなんて、俺は全然想像出来ない。おまえ、絶対に料理の才能あるよ」
真っ直ぐな薫の称賛が照れくさくて、樹はどんな顔していいのか分からなくて、ぶすっとした顔になった。
「兄さん、褒め過ぎ。大袈裟過ぎ。カノジョの作る料理のが美味いでしょ」
樹がそう言った途端、薫はピタッと手の動きを止めた。スプーンで炒飯を掬った手が、宙に浮いたまま固まっている。
薫の反応が意外過ぎて、樹は驚いて義兄を見た。子どもみたいに幸せそうで嬉しそうだった薫の顔が、みるみるうちに強ばって暗い顔になる。
(……うそ……え?……なんで……?)
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