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碧い兎6
「兄さん、聞いてる?!」
「ああ。もちろん聞いてるぞ。そんなに怖い顔して怒るな。俺は出来もしないことなんか言ってないだろう? これからは、兄さんがおまえの恋人になる。だから月城とは別れろ」
ぷりぷり怒っていた樹の表情が、今度は不安そうになった。探るようにこちらを見つめて、黙り込む。
「なあ、樹。おまえはショックかもしれないけどな。月城はおそらく、おまえのことを恋人だなんて、思っていないぞ。もし本気でおまえのことが好きで、大切にしたいって思っているのなら、俺にあんな捨て台詞を残して、あっさり帰っていったりはしないだろう?」
樹に諭すように話しながら、薫はふと、今朝の冴香とのやり取りを思い出していた。
(……なるほどな。そうか。そうなんだな。やっぱり俺は、冴香に対して、それほど強い気持ちはなかったってことなんだな。
だとしたら、俺が今、樹に感じてるこの気持ちは何だろう)
樹は今度は泣きそうな顔をして、唇を噛み締めている。
(……ああ。残酷なことを言ってるよな、俺は。もしかしたら、月城は、樹の初恋の相手だったかもしれないのに。樹を傷つけたいわけじゃない。でも、俺の言ってることは、多分間違ってはいないと思う。……そんな哀しい顔、するなよ、樹。それほどあいつのことが好きか?)
「月城のことは、忘れろ。最初は辛いかもしれないけどな。時間が経って、冷静になれば、今は分からないこともきっと分かる日がくる。辛いなら、兄さんが側にいてやるよ。そう簡単に、あいつの代わりにはなれないかもしれないよな。でも、誰よりもおまえのこと、大切にする。兄さん、約束するよ」
「……じゃあ……キス……してよ」
掠れた声で、樹が呟いた。
「え?」
「代わりに、俺の恋人に、なってくれるって言うんなら、俺に、キスしてみてよ」
「樹……。いや、それは」
「出来ないでしょ? そうだよね。兄さんは兄さんだもん、恋人になんか、なれないよね。出来ないくせに、そういうこと、簡単に言うの、やめてよっ」
樹はまるで子供みたいにくしゃっと泣きそうに顔を歪めて胸元でわめくと、腕から逃れ出ようと、身を捩った。
(……いや。いきなりキスしろって言われても……それは流石に)
「樹、ちょっと待て。落ち着いて俺の」
「離してよっ。兄さんなんか、嫌いだっ嘘つきっ。離せってばっ。俺のこと、子供だと思って、テキトーなこと言うなっ」
「……っ」
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