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袋小路の愛4

服を着て出掛ける準備が整っても、樹を連れ戻しには誰も来なかった。 樹を促して玄関を出てから、振り返ってアパートの室内を眺めると、薫はふうっとため息をついて、ドアを静かに閉めた。 薫は車を走らせながら、助手席の樹にちらちらと視線を向ける。 樹はあれからひと言も喋らず、どこかぼんやりとした様子で、フロントガラス越しの風景を見つめている。 宛もなく車をスタートさせたが、市街を抜ける頃には行き先は決めていた。 「樹。ちょっと遠出するぞ。まだ腹は減ってないか?」 「うん。……どこに?」 「松島に行こう」 ぼんやりと前を見ていた樹が、少し驚いたようにこちらを見た。 「松島……」 「そうだ。樹は海の近くに住んでいたんだよな?松島には行ったこと、あるか?」 「ううん。あそこは、観光地でしょ。僕が住んでたのは……もっと北の小さい漁村だった」 「前に雑誌で、おまえを連れて行ってみたい場所を見つけたんだ。ここからだと1時間ぐらいかな。トイレに行きたくなったら言えよ。コンビニに寄るからな」 「うん」 「ああ、もし疲れているなら眠っててもいいぞ。着いたら起こしてやるから」 まだ少し眠そうな樹にそう言うと、樹は眩しそうに瞬きしてから、ぎこちなく微笑んだ。 「大丈夫。もう、眠くないし」 「そうか」 薫は左手を伸ばして、樹の膝の上の手にそっと触れてみた。樹はぱちぱちと瞬きをすると目を伏せて、こちらの手をきゅ……っと握り返してきた。 樹の鼻がぴくぴくと動いている。 薫はそれを横目に見て、そっと笑いを噛み殺した。 子どもっぽい好奇心いっぱいの目で、建物全体を興味津々に見回している。 「蒲鉾……?」 「ああ。そうだ。蒲鉾工場だよ」 店に入ってすぐの囲炉裏を模したケース内には、棒に巻き付けたままの大きな蒲鉾が、美味しそうな焼き色をまとって並んでいる。店の奥は小さな工場になっていて、ガラス張りの場内では、機械がグルグル回転しながら、蒲鉾の材料を練っていた。 樹はいつの間にかガラスにへばりつくようにして、練られた材料が成形され、綺麗に焼き上げられていく工程を、食い入るように見つめている。 薫はその後ろに静かに歩み寄ると 「凄いだろう?これは出荷される量産品だけどな、上の工房では職人が、ひとつひとつ手作りしているのが見れるんだ。行ってみるか?」 樹は目をキラキラさせ、こくこくと頷いた。

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