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袋小路の愛5

2階の小さな工房では、職人が竹に巻いた蒲鉾をひとつひとつ丁寧に炭火で焼いていた。 樹は好奇心いっぱいのキラキラした目をして駆け寄り、ガラスにへばりついて中の様子に見とれている。 その子どもっぽい樹の後ろ姿を、薫は微笑みながら見守った。 「ひとつ、食べてみるか?焼きたてだぞ」 「え?ここで食べていいの?」 「ああ。そこのテーブルでな」 「た……食べてみたい」 「わかった。今もらってくるから座って待ってろよ」 薫は樹の頭を撫でると、工房の横のレジに向かう。 二本購入してテーブルに行くと、樹はまだ工房の中の様子に見とれていた。 こうして見ていると樹は年齢相応、いや、歳よりも幼く見える。昨日の妖しい艶めかしさが嘘のようだ。 ……どうしてあんな男と……。 本来ならば学校に通って、勉強と部活に明け暮れている年齢じゃないか。あんな年上の男と爛れた関係を持つなんて……。 いや、人のことは言えない。 自分も樹と、身体を重ねているのだから。 あの忌々しい叔父の所に引き取られたら、樹は普通の子どもとして学校に通い、人並みの生活を送れるのだろうか。 育児放棄に近い父や樹の母親の元にいるよりは、大学助教授の叔父の所の方がマシなのだろうか。 いや。あの男は信用出来ない。 あいつが樹をおかしな病気だと父さんに吹き込んだのだ。 でもだったらどうすればいい? どうしたら樹を幸せに出来る? 「どうしたの……?にいさん」 熱々の蒲鉾にはふはふしながら齧り付いていた樹が、不思議そうに首を傾げてこちらを見ていた。 薫は急いで微笑みを作ると、 「ああ、いや。何でもないよ。樹、それを食べたらもう1箇所、おまえを連れて行きたい所があるんだ」 樹は可愛らしく首を傾げながら、こくんと頷いた。 「オルゴール…博物館?」 「そうだ。見たら驚くぞ。オルゴールのイメージがガラッと変わるんだ。おいで」 薫が手を差し出すと、樹は戸惑ったように手を見てから辺りをキョロキョロ見回し 「にいさん、ここで手、繋ぐのおかしい」 「ばーか。気にするな。誰も見てやしないよ」 はしゃぐ薫に樹はまだもごもご何か呟いていたが、手を掴んでグイッと引っ張ると、おずおずと握り返してきた。 その手をぎゅっと強く握って歩き出す。 今は余計なことは考えずに、この可愛い恋人と楽しい時を過ごすのだ。 薫の心は揺れていた。 このまま樹を連れて、誰も知らない場所へ逃げようか。大学もその先の自分の夢も、諦めざるを得ないが、幸いにも自分は若く身体も丈夫だ。選り好みをしなければ、どこかで働いて樹を養いながら生きていくことも出来ない訳ではない。 そうは思うが、それはやはり夢物語のような気もする。 自分は学生とはいえ、成人している大人だ。 でも樹はまだ15歳にもなっていないのだ。 自分の道連れにして高校にも行かせてやれず、戸籍もない状態で、これからの人生を歩ませるわけにはいかないじゃないか。 ……ダメだ。今はまだ、考えるな。

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