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袋小路の愛7

オルゴール博物館を出て、車でもう少し北に向かう。 途中で、美味いと評判の寿司屋に寄った。 樹はこちらの懐具合をかなり気にしてくれたが、臨時収入があったから大丈夫だと言うと、全然信じていない顔で、それでも遠慮がちに寿司を注文した。 「にいさん、無駄遣い、し過ぎ」 「俺は若いからな。多少頑張れば、バイト代なんかすぐ稼げるんだぞ」 運ばれてきた寿司を、樹はじっと見つめて 「僕も……アルバイトとか、したい」 「おまえはまだ無理だよ。高校生にならないとな」 樹はちろ……っとこちらを見て、口をもごもごさせたが、何も言わずに目を伏せた。 「せっかくにいさんが奢ってやるって言ってるんだ。遠慮なんかしないで食えよ」 樹はこくんと頷くと、おずおずと箸を手に取った。 樹が気にするのは当たり前だ。 自分が貧乏学生なのはバレている。 今日はこの後、電話で予約しておいた、海の側の温泉旅館に泊まるつもりだ。この辺りではかなり老舗の高級旅館だから、樹はまた無駄遣いだと怒るだろう。 怒られてもいい。 今日だけは樹と一緒に、やってみたかったことをするのだ。 さっき、オルゴールの音色に流した樹の涙を見て、その透き通るような美しさに心が痛んだ。 まだ、何も知らない純粋無垢な子どもなのだ、樹は。その美しい瞳は、これから様々なものを見て、たくさんの経験を積んで、豊かな感性を育む可能性に満ちている。 己のエゴで、その芽を潰してはいけない。 自分が樹に抱く愛情は、肉親のソレではない。 1人の男としての狂おしい情欲だ。 この自分勝手な執着に、まだ幼い樹を道連れには出来ない。 今夜、温泉旅館に泊まって2人きりの時間を過ごしたら、樹をアパートに置いて、叔父の所に行こう。 強引に連れ去ってしまったが、たとえなさぬ仲の叔父であっても、彼は社会的地位のある収入の安定した大人だ。そして、保護者代理なのだ。 彼に頭を下げて、樹と一緒に暮らす許可をもらう。 自分が大学を卒業して、社会人になるまでの間、樹の生活費をみてもらいながら、自分との同居を許してもらう。 虫のいい話だ。叔父がそんなことを許す筈はない。 それでも、土下座をしてても、頼んでみる。 まだ学生である自分の不甲斐なさが悔しい。 それでも、何もかも捨てて樹を連れて逃げるなんて、やっぱり己のエゴでしかないのだ。 自分にはまだ、樹を1人前の大人になるまで養ってやれる力はない。 もし叔父が、どうしてもそれを許さないのなら、卒業までの数ヶ月だけ、樹を叔父に託す。 就職したら、迎えに行く。 「にいさん。どうしたの?具合、悪い?」 樹の気遣わしげな声に、薫ははっと我に返った。 寿司屋を出て、旅館へ向かう車の中で、ずっと独り物思いに耽ってしまっていた。 薫は隣の樹ににこっと微笑んで 「いや。旅館に行く前に、どこか寄ろうかなって考えてたんだ。まだちょっと早いからな」 樹は目をまあるく開いて首を傾げた。 「旅館……?今日、そこに、泊まるの?」

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