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袋小路の愛11
叔父への交渉が決裂したら、樹とはしばらく会えなくなるかもしれない。いや、たぶんその可能性の方が大きいのだ。
だから2人きりで過ごせる今夜は、一瞬一瞬を慈しむように大切に過ごしたい。
アパートを出る時、本当は何もかも捨てて、樹を連れて逃げてもいいと思っていた。何処か誰も知らない場所に行って、自分が出来る仕事は何でもして、樹と2人でひっそりと生きてもいいと。
樹に逢うまで、自分はどちらかと言うと、慎重で堅実な男なのだと思っていた。父に反抗しながらも、これまで確実に一歩一歩努力を積み重ねて生きてきたつもりだ。
けれど、きっと違うのだ。
自分の中で荒れ狂う、この破滅願望にも似た思い。
欲しいものを止められない、この刹那的な強い所有欲。もともと自分の血に流れていたものだ。それが樹を知ったことで溢れ出してしまったのかもしれない。
自分を見上げる樹の大きな目が、戸惑いに揺れている。この無垢で美しい義弟を、誰にも渡さず自分のものにしたい。
だが、今の自分にはまだその力がない。どんなに父親に反発していても、所詮は親の庇護の元で生きてきた、社会にも出ていない青二才なのだ。
もし、叔父が自分の手から樹を取り上げるというのなら、今は逆らわずに不本意でも従おう。
だが、諦めはしない。
自分の努力で積み上げた力で、必ず樹を取り戻す。
そう心に決めてしまえば、重く苦しかった悩みも少し薄らいだ気がする。
今夜は一晩中思いの丈を込めて樹を抱く。彼の中に自分の狂おしい愛の証を深く深く刻み込む。
離れ離れになっても、見失わないように。
樹をお姫様抱っこして寝室の奥のベッドまで連れて行った。軽い身体だ。まだ成長途中だからというのもあるが、もともと骨格が華奢なのだろう。
「にい…さん?」
そっとベッドにおろすと、樹は不安そうな顔をした。
「風呂に行く前にちょっとだけ、な。おまえとぎゅーって抱き合いたいだけだ。……嫌か?」
樹は小さく首を傾げ、ゆっくりと横に振った。
隣に腰をおろし、腕を伸ばして樹の細い身体を抱き締める。微かな潮の残り香と樹の体臭を思いっきり吸い込んでみた。
首筋に息がかかって擽ったいのだろう。樹はぷるぷるしながら、それでも腕を背中に回して抱きついてくれた。
愛おしさが、身内から心から溢れ出す。甘苦しさが込み上げてきて、どうにも堪らない気分だ。
「服、脱がせてもいいか?」
樹は胸からひょこんっと顔をあげた。
「でも、お風呂に…」
「後で浴衣を着せてやるよ」
薫がもう一方のベッドの上にキチンと畳んで揃えてある浴衣を目で指すと、樹はそれをちらっと見て、納得したように頷いた。
シャツの前ボタンをひとつずつ外していく間、樹は目を伏せてじっとしていた。長い睫毛が微かに揺れるのを見つめながら、ボタンを下まで外し終える。
あらわになった白い滑らかな肌には、自分が残した吸い跡が点々と散っていた。
……そうか……。これは、まずいな。
つけた直後と違って、色はだいぶ薄くなっている。蚊に刺された跡とか肌荒れとか、いくらでも言い訳が出来そうな気もするが、傍で見ている自分がハラハラドキドキしそうだ。
大浴場に行く前に、新しいキスマークはつけない方が良さそうだ。それか、深夜の誰もいない時間帯を狙っていくしかない。
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