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袋小路の愛13

「も。にいさんの、ばかっ」 樹が真っ赤な顔でぷりぷり怒りながら枕を投げつけてくる。薫は首を竦めながら、あえてその枕を頭に受けて 「だからごめんって、さっきから何回も言ってるだろう?」 「だめ。反省してない。その顔」 もう投げるものがなくなって、樹はぷっと頬をふくらませて睨んできた。 樹の言う通り、調子に乗ってしまった。 樹の反応が可愛いのが悪いのだ。 ……いや、やっぱり自分が悪い。 薫は備え付けのティッシュで、まだ濡れている指先を拭った。 あの後、じたばたと抵抗する樹にのしかかり、結局、手で扱いてイかせてしまったのだ。 樹は鳴きながら身悶えて、こちらの腕に何度も爪をたてた。 熱情を吐き出して、くてっとシーツに沈み込んだ樹の肌は、うっすらと汗ばみ淡い桜色に染まっていた。抱いた直後の樹の愛らしさも好きだが、雄としての絶頂に達した後の気怠げな姿も、ゾクゾクする艶がある。 「なあ、樹。ご機嫌直せよ、な?」 「やだ。にいさんの、嘘つき」 樹は脇に避けていた布団を引っ張って、自分の身体に巻き付けている。さっきの大人びた色香と、今の子どもっぽいふくれっ面のギャップが堪らなく愛しい。 「おいで……樹」 微笑んで両手を広げると、樹はしばらく懐かない猫のような表情で、じー…っとこちらを睨んでいた。やがておずおずと布団を手放し、にじり寄ってくる。手が届く所まで近づいてきた仔猫を、ぐいっと引き寄せ抱き締める。 樹はじたばたと腕の中でもがいた。 「こーら。暴れるなよ。今はもう何もしないよ。そろそろ夕飯の時間だ。浴衣に着替えて向こうに行こう」 樹はぴたっと動きを止めて、まだ不審そうな眼差しでこくんと頷いた。 座卓に向かい合って座り、海の幸尽くしの夕飯を一緒に楽しんだ後、薫は樹を誘って部屋のバルコニーに出た。 眼下に広がる海原は、夕暮れの空を映して燃えるような赤に染まっている。ここは入り江の先端だから、昇る朝日と暮れる夕陽のどちらの情景も、素晴らしく美しいのだ。 まだ母が生きていた頃、年に1度は父と3人でここに泊まった。自分が小学校低学年の頃までは、父と母はごく普通の仲の良い夫婦だったのだ。母が身体を壊して寝込むことが多くなり、入退院を繰り返し始めてから、父と母の関係は冷え込んでいったのだと思う。 この旅館に家族で泊まることも、なくなっていた。 用意されていた浴衣は、樹には大きすぎた。子ども用の浴衣を頼んでやろうとしたら、樹はぷりぷり怒り出した。大人用の浴衣を帯でどうにか誤魔化して着せてやったが、正直かなりぶかぶかだ。 薫は彼の細い肩を抱き寄せて、夕闇に沈んでいく海を見つめた。 家族の愛情を失っていた自分に、この小さな義弟は慈しむことの喜びを取り戻させてくれた。 乾ききった心に染みとおるような、それは幸せなぬくもりだった。

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