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袋小路の愛14
「寒くないか?」
「うん……」
樹は小さく返事をして、こちらに身を寄せてくれた。触れた場所を通して伝わってくる、心優しい弟の温もり。やはりこの子にずっと側にいて欲しい。
離れたくない。
「なあ、樹。明日アパートに戻ったらな」
「うん」
「にいさん、ちょっと出掛けなくちゃいけないんだ。1人で留守番……出来るか?」
腕の中の樹がもぞもぞと動く。見ると精一杯首をあげてこちらを見つめていた。
「だいじょぶ。1人で留守番ぐらい、平気」
「そうか」
薫は微笑みながら、ぴょんと跳ねた樹の髪の毛を撫でつけてやった。樹はじっとこっちを見つめたまま
「何処に、行くの?バイト?」
「いや。バイトじゃない。叔父さんの所だ」
樹の身体がビクンっと震えた。薫は肩を抱く手に力を込めて
「おまえを、無理やり連れてきただろう?にいさん。でもやっぱりそれは、まずいと思うんだ」
樹の視線がうろうろと彷徨う。
「叔父さんのこと、俺は正直言って好きじゃない。でも父さんからおまえを任せられた保護者なんだよな。俺と違って社会的地位や安定した収入のある大人だ」
樹は唇をぎゅっと引き結んだ。
「悔しいけど、今の俺にはおまえを養って高校に行かせてやれる力はない。だから、叔父さんに頼んでみようと思うんだ。おまえを養ってもらいながら、一緒に暮らさせて欲しいってな」
樹はぎゅっと眉を寄せて、首を横に振った。
分かっている。そんな虫のいい話を、叔父が承諾する筈がないことは。
薫は樹の肩をぎゅっぎゅっと優しく掴み締めて
「あの叔父のことだ。恐らくそれは許さないだろうな。だから、にいさん、それがもしダメなら、いったんおまえを叔父さんに預ける」
樹の身体が小刻みに震え始めた。
気づけば、傾いていた夕陽は完全に海の闇へと溶けている。風が出てきたのか、ちょっと肌寒い。
「寒いのか。中に入るぞ」
薫は樹の肩を抱いたまま、部屋の方に戻った。
「叔父さんの所にいるのは一時的なものだよ。俺は来年卒業する。就職して社会人になるんだ。毎月きちんと決まった収入がある身分になったら、すぐにおまえを迎えに行くよ」
樹は俯いたまま何も答えず、こちらの手を外させて窓際のソファーに座った。薫はその傍らに立ち
「正直、あの叔父の人柄を俺は信用出来ない。月城みたいな男がおまえに付き纏っているのを、何故知っていて放置していたのか理解出来ない。だから、出来るだけ早く、おまえを迎えに行くよ。もしそれがどうしても嫌なら、父さんに頭を下げて頼んでもいい」
それまで黙っていた樹が、顔をあげた。
「明日、僕も、行く。月城さんに、迷惑、かけちゃったから」
「ダメだ」
「謝らないと。月城さん、きっと、叔父さんに」
「それはダメだ!」
薫は大声で樹の言葉を遮り、両肩をガシッと掴んだ。
「月城には会わせない。にいさん、それは絶対に許さないぞ」
見上げてくる樹の瞳が揺らめいた。薫は険しい表情のまま、首を横に振る。
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