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袋小路の愛15
「明日、僕も行く」
「ダメだ」
樹は手を振り払いながら立ち上がると
「にいさん、誤解してる。月城さんは、いい人だよ」
誤解しているのはおまえだと言いたかった。
月城がいい人だなんて、騙されているだけだ。
ふつふつと沸き起こる嫉妬が、胸の奥を黒く染めていく。
「樹。おまえは連れて行かないぞ。アパートで大人しくしてるんだ」
樹は唇を震わせて何か言おうとしたが、むっと口を噤んでそっぽを向いた。薫が無言で睨みつけていると、樹は不意に歩き出す。
「樹。何処に行くんだ?」
真っ直ぐに廊下側のドアへと向かう樹に、薫は焦って後を追った。樹は立ち止まり、薫が伸ばした手から逃れるように後ずさって
「帰る。もう、ここには、泊まらない」
言いながらまた踵を返してドアの方に向かった。
「おい、待てって」
薫は慌てて駆け寄って樹の腕を掴むと
「帰るってどうしてだ?何処に行く」
樹はこちらに背を向けたままポツリと答えた。
「月城さんのとこ」
「どうしてだ?樹。どうして」
つい情けない声が出た。樹はゆっくりとこちらに振り返ると
「明日、月城さんに、謝る。にいさんと一緒に行く」
薫はそれ以上の言葉を失って、黙って樹の目を見つめた。樹の瞳には強い意志が宿っている。絶対に曲げないと言う、キツい決意の色が。
薫は深いため息をつくと、肩を落とした。
樹は見た目の印象と違って、意外と頑固なのだ。
こうなったら、容易な説得では覆せない。
「……わかった。じゃあ、にいさんと一緒に行こう。でも絶対に1人ではあいつに会うなよ」
薫が渋々折れると、樹は少し不安そうに瞳を揺らした。薫は内心苦笑して、両手を広げた。
「おいで、樹。仲直りだ」
途端に樹は眉を八の字にして、もごもごと口を動かした。声は小さくて聞き取れないが、口の動きが「ごめんなさい」と言っている。
月城の名前が樹の口から出ると、自分は瞬間的に理性を失ってしまうらしい。情けない嫉妬だと分かっていても、自分でもどうにもならない。
樹が月城に抱かれていた光景は、頭の隅から消えることはないのだ。己のこの目であれだけハッキリと見てしまった。それでも、認めたくない。
樹を、月城にだけは、絶対に渡したくない。
樹があいつを好きだからこそ、どうしても。
心はずっと揺れている。
あの叔父に、果たして樹を一時的にでも託していいのかと。
屈辱に耐え、叔父に土下座してでも、樹を自分と同居させたい。目を離したくない。
その為だったら、自分は何でもする。
あの父に、頭をさげることも覚悟しているのだ。
大好きだった母を苦しめた父に。
優しかった母を、寂しいままで逝かせた父に。
それは胸の奥に刃を突き立てるほどの、強烈な痛みを伴う悔しさだった。
それでも、樹の側にいる為ならば、どんなことでもしたい。
「さあ、おいで」
もう一度、促して微笑むと、樹はおずおずと戻って来て、ぽすんっと抱きついてきた。その身体を受け止め、強く抱き締める。
……樹……。俺の、樹……。
「大浴場に、行ってみよう、樹」
「うん……」
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