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袋小路の愛17
「わぁ……」
外に出た途端、樹がまた声をあげる。思った通りの反応に薫は思わず微笑むと、その頭を優しく撫でた。
「いいだろう?開放感があって」
樹はくるっと振り返り、目を輝かせてこくこくと頷いた。
「すごい……すごい、にいさん、ここ、すごい綺麗だ……」
樹が興奮するのも無理はない。
この露天風呂は見晴らしが素晴らしいのだ。
海側に向かって崖になっている場所には、低い木製の柵しかない。むろん自殺防止の為に、そのすぐ下にはしっかりした防護柵のある待避スペースが設けられているが、月明かりと星明かりしかない夜の闇の中では、そんな不粋なものは目に入らない。
大きな岩組の露天風呂に浸かると、目の前に広がるのは、空と海が溶け合う闇に宝石のように散りばめられた星屑の瞬きだけだ。
樹は崖に向かってふらふらと歩き出した。
ごつごつした石の床は、濡れて滑りやすくなっている。薫はすかさず樹の腕を掴んで、支えながら一緒に向かった。
樹は口を薄く開いて空を見つめていたが、やがて、魅入られたように腕をゆっくりと宙に伸ばし、両の手のひらを広げた。
無心に空に手を伸ばすその姿は、まるで届かない星を掴もうとしているようで、儚くせつなかった。
不意に、闇が樹の手を掴んで引き摺り込もうとしているような気がして、薫は慌ててそのほっそりした身体を後ろから抱き締めた。
「っ、なに?」
樹が驚いて首を向ける。
薫はハッとして、誤魔化し笑いをした。
「あ…いや、あんまり身を乗り出すと危ないぞ」
夜気に晒された樹の身体は、少しひんやりしていた。樹は周囲をきょろきょろ見回して
「離してよ、人がいるからっ」
赤くなって、こちらの腕を振りほどいた。
「冷えてきた。そろそろお湯に浸かるぞ」
「うん」
樹と一緒に、岩組みの浴槽に浸かりながら、薫は星の瞬く空を見つめた。
なんだったのだろう。
さっきのあのヒヤリとした感覚は。
闇に浮かび上がる樹の身体は、まるで自ら光を発しているように仄白くて美しかった。目の前の光景に目を輝かせる樹の横顔も、無邪気ですごく愛らしかった。
だが、樹が宙に手を伸ばした時、その表情はひどく哀しげで、まるで必死に何かに救いを求めているように感じたのだ。
縋りつこうとする先には、何もないのに。
樹がお湯を手でばしゃばしゃさせている。普段あまり感情を表に出さないこの子が、初めての露天風呂にすごくはしゃいでいるのが分かる。
薫は苦笑して、急に込み上げてしまった得体の知れない不安を、慌てて振り払った。
いろいろ考えすぎて、ちょっとナーバスになっているのかもしれない。
せっかく2人きりで過ごしているのに、時間がもったいない。
湯船に浸かっていた別の客が、中に戻って行ったのを横目にして、薫は樹の肩にそっと手を伸ばした。
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