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袋小路の愛18
「気持ちいいか?」
お湯をぱしゃぱしゃしたり、岩組みの浴槽のゴツゴツに触れてみたり、夜空を見上げてみたりと、ちょこまか忙しそうに楽しんでいる樹に、そっと声をかけてみる。
樹ははっとしてこちらを見て、はしゃいでいる自分が恥ずかしかったのか、ぷいっとそっぽを向いた。
「うん…気持ちいい」
「中とお湯の温度は変わらないけどな。頭が外気に触れているから、のぼせにくいんだ。露天風呂はいいな。心が伸び伸びする」
薫はそう言って空を見上げた。つられたように樹も空を見上げる。
今夜は空気が澄んでいるのか、雲ひとつない漆黒の空から零れ落ちそうなほどの星が瞬いている。
「星が、落ちてきそう…」
樹はぽつりと呟いて、そろそろと両手を上にあげた。落ちてきそうな星を手で受け止めようとでもしているみたいに、手のひらを上に向けている。
その子どもっぽい仕草が可愛くて、薫は思わず微笑んだ。さっきと違って、樹の肩をしっかりと抱いている。大丈夫だ。闇はこの子を連れて行ったりはしない。
「部屋の風呂にも、小さな露天風呂がついてたよな」
「うん」
「あとでそっちにも入ってみような」
耳元に囁くと、樹はちろっとこちらを見た。薫は肩を抱く手に力を込めて、ぐっと引き寄せる。
触れそうなほど近づいた樹の大きな瞳が、まんまるになった。
「…にいさん…」
「ん?どうした」
「なんか変なこと、考えてる」
樹がそう言って眉をきゅっと寄せた。どうやら見透かされてしまったらしい。
「いーや。変なことなんか考えてないぞ」
澄まして笑ってみせると、樹はますます眉を寄せてそっぽを向いた。
時間が遅いせいか、あれから他の客は1人も出て来ない。この大きな露天風呂を樹と2人で独占出来ているのは嬉しかった。だが、流石にここでは、これ以上はいちゃつけない。内風呂の方でなら、この愛しい弟を抱き締めてキスすることも出来るだろう。
「そう言えば、おまえがくれたあの月のペンダントな」
「え…?」
「うっかり引っ掛けて、鎖が切れてしまったんだ。直してもらわないとな」
樹は振り向いてまじまじとこちらを見て目を伏せた。
「でもあれ、安物だから…」
「すごくいいデザインだった。にいさん、気に入ってずっとつけてたんだぞ。そうだ。修理に出す時、おまえにも何か贈りたいな。出来ればペアの物がいい。おまえと恋人同士になった記念にな」
樹はばっと顔をあげて、探るように顔を見つめてくる。
「どうした?」
「っ、何でも、ない」
樹はなんだか焦ったように首を振ると、空を見上げた。抱いている樹の肩が夜気に晒されて冷たくなってきている。薫はお湯をすくいあげ、肩にかけてやった。
周りを見回し誰もいないのを確認してから、顔を寄せて、樹の柔らかそうなほっぺにそっとキスをする。樹は驚いたようにこちらを見て、じわっと頬を染めた。
「そろそろ出るか。部屋に行こう、樹」
言いながら手をぎゅっと握ると、樹はこくんと頷いて、おずおずと握り返してくれた。
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