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袋小路の愛19
薫が出掛けようと言って車でアパートを出てから、樹はずっと夢心地な時間を過ごしていた。
月城のマンションにいた時、何もかも諦めたつもりだった。それが薫の為なら、自分の選択が薫の将来を守るのなら、それでいいと思っていたのだ。
だが、薫は自分を救い出しに来てくれた。薬のせいで変になって、みっともない醜態を晒していた自分を見ても、薫は一緒に行こうと言ってくれた。
その手を掴んではいけないと、分かっていたのに、それでも心は薫を求めていた。強引に連れて行こうとしてくれる薫の手に、縋らずにはいられなかった。
後でどんな酷い罰が待ち受けているとしても。
叔父は自分の選択を、絶対に許さないだろう。
きっとすぐに、連れ戻される。
薫とは二度と会えない所に、連れて行かれる。
叔父を本気で怒らせて、薫の将来をめちゃめちゃにするつもりはない。自分は大好きな義兄にとって、疫病神なのだから。
……きっとこれが、義兄さんと過ごせる最後のチャンスだ。
だから、薫と一緒に見たもの、食べたもの、薫の声、表情、触れるぬくもり、体験したこと全てが、大切な宝物の思い出になる。絶対に忘れないように、記憶に刻んでおくのだ。離れてしまっても、心はずっと薫を感じていられるように。
……どうしよう。僕、幸せで溶けそう。
今、大好きな義兄と一緒に、降り注ぐような満天の星空の下で露天風呂に入っている。こんな夢のような時間を最後に過ごせるなんて、思ってなかった。
……どんなバチが当たってもいい。もう少しだけ、義兄さんと一緒にいたい……。
さっき薫が、おまえを強引に連れ出したのは間違いだったと言った時、樹は内心ほっとしたのだ。
このまま無茶をして、叔父に逆らい続けたら、薫は大学を続けられなくなる。あんなに一生懸命に勉強を頑張っていたのに、全てが台無しになる。それだけは絶対にさせてはいけない。
夢はいつかは醒めるのだ。
ずっとこのまま幸せでいられるはずなんかない。
薫と一緒にアパートに帰ったら、この夢は終わる。
薫に気づかれないようにそっと抜け出して、月城に連絡を取って迎えに来てもらうつもりでいた。
だが薫が叔父の所に行くというなら、一緒に行けばいい。そして、薫が叔父に余計なことを言い出す前に、自分から別れを告げるのだ。二度と会いたくないと、きっぱりと突き放す。
その瞬間のことを考えると、胸がぎゅっと苦しくなる。それでも言わなければいけない。
薫のことが、好きだから。
誰よりも大切で幸せになって欲しいから。
樹は降り注ぐ星の瞬きを見上げながら、改めて心に誓っていた。
神様なんて信じていない。
そんな都合のいい存在はいない。
罪を犯せば罰を受ける。
自分の身体は、汚れている。
傍らにいるこの優しくて美しい義兄に、自分は相応しくない。
だから、この綺麗な星空に祈りと誓いを捧げるのだ。
……大好きな義兄さんが、必ず幸せになりますように。
義兄の幸せを邪魔する存在は、誰であろうと許さない。たとえそれが、自分自身であろうと。
「部屋に行こう、樹」
薫がそっと頬にキスしてくれた。
すぐそばにある薫の整った優しい笑顔に、ドキドキする。
……どうしよう。僕、幸せで溶けちゃうよ。
まだ夢は続いている。
もう少しだけ、自分は義兄の恋人でいられるのだ。
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