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袋小路の愛20

露天風呂から中に戻る時、樹は立ち止まって思わず風呂の方を振り返った。この夢の時間が終わるのが、なんだかすごくせつなくなったのだ。 「どうした?」 「ううん、なんでも、ない」 優しく訊ねられて、樹は急いで首を横に振った。 薫は肩をぎゅっと抱き寄せてくれて 「明日の朝、早起き出来たらまた来ような」 その囁きに、樹はバっと義兄の顔を見上げた。薫はにこっと笑って 「朝風呂もいいぞ。今は見えないけどな、目の前一面に海が見える。天気がいいといいな」 樹は嬉しくてちょっと泣きそうになりながら、こくこくと頷いた。 浴衣に着替えて部屋に戻ると、薫は手を繋いだままバルコニーに向かった。 2人で並んでまた夜空を見つめる。 風は少し冷たかったが、風呂で火照った身体には心地よかった。 「のぼせてないか?」 「うん」 「じゃあ、こっちの露天風呂にも入ってみるか」 悪戯っぽく笑う義兄の顔が眩しい。樹はぱちぱちと瞬きしながら微妙に目を逸らし 「……変なこと、しないなら…」 ぼそっと答える。 「え?ダメなのか?変なことしたら」 薫は笑いながら、腕を回して抱きついてくる。力強く抱き締められて歓喜に心が震えた。 ……にいさん……好き……。 強く強く抱き締められて、このまま義兄の中に溶けてしまえたらいいのに。 「……だめ……じゃない」 そっと呟くと、薫はちょっと驚いたように腕の力をゆるめて顔を覗き込んできた。 「ダメじゃないのか。そうか」 薫はすごく嬉しそうに声をあげて笑うと、頬をぐいぐい押し付けてきて 「樹。おまえって本当に可愛いな。にいさん、大好きだぞ」 頬をスリスリさせながら、そんな無邪気なことを言わないで欲しい。 ……にいさんの、バカ。ドキドキし過ぎて心臓が壊れちゃうよ。 樹はもがいて手を引き抜き、薫の顔をぐいーっと押して引き離した。 「もう、にいさんのバカ。やっぱり入らない」 「あ、おい、怒るなよ。ごめんごめん」 薫はちっとも反省してない笑顔でそう言うと、手をぎゅっと握り締めてきた。 「行くぞ。おまえの気が変わらないうちにな」 着たばかりの浴衣を脱いで、内風呂の外に出るドアを開ける。月と星の明かり以外は小さな間接照明だけだった大浴場の露天風呂と違って、こちらは屋根があって照明も明るい。 腰にタオル1枚の姿がなんだか恥ずかしくなって、樹はちょっと尻込みしてしまった。

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