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袋小路の愛25
薫は樹の細い身体を抱え込んで浴槽に腰をおろした。湯から出ている樹の冷えてしまった肩に、そっとお湯をかけてやる。
しんと静まり返った小さな露天風呂から、星の瞬く夜空を見上げる。
身も心も満たされて、怖いくらい幸せだ。
「樹……のぼせないか?」
囁きかけると、同じ空を見上げていた樹が、もぞもぞと動いて首をこちらに向けた。
「…っ」
樹の頬に伝い落ちる涙に、ドキッとする。
「…どうした?痛かったか?」
狼狽えた薫に、樹は透き通るように微笑んで首を振る。
「ううん。だいじょぶ。空が……綺麗で……」
「それで泣いてるのか?まったく、おまえは」
薫はほっとして、樹の柔らかい頬にちゅっと口づけた。
「そろそろ、出るか?」
「うん……」
露天風呂から出て脱衣スペースで樹の身体を拭き、簡単に浴衣を着せてやる。樹は眠気が勝るのか、恥ずかしがって抵抗することもなく、大人しくしていた。
部屋に戻り樹をベッドに寝かせて、薫は隣のベッドに行こうとした。その袖を、樹がきゅっと掴んでくる。
「ん?どうした」
浮かしかけた腰を再びおろし、自分をじっと見上げる樹の髪をそっと撫でる。
「ここで一緒に……寝ないの?」
「おまえ、すごく眠たそうだ。いいのか?にいさん身体がデカいから、ちょっと窮屈だぞ」
「いい。にいさんと、一緒に、寝たいから」
やはりかなり眠いのか、ちょっと舌足らずな口調がいつも以上にあどけない。
薫は苦笑して、樹の隣に横になった。
樹の方に身体を向けると、胸元に顔を埋めてくる。
細い腰に腕を回し、ぐいっと抱き寄せると、樹の華奢な身体はすっぽりとおさまってしまった。
「少し、眠るといい。疲れただろう」
「ぅん……」
樹は頷いて、素直に目を閉じた。
ほどなくしてすよすよと可愛い寝息が聴こえてくる。寝苦しくないように少し腕をゆるめ、薫も目を瞑った。
物音に、ふと目が覚めた。
あるはずの温もりが胸元から消えているのに気づいて、薫はガバッと身を起こした。
「樹……?」
目を凝らして隣のベッドを見るが、やはり姿はない。目覚める直前に見ていた夢が、あまり楽しいものではなかったせいか、得体の知れない不安が込み上げてくる。
……どこに行ったんだ?樹
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