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君のことが好きだから1
薫との小旅行からアパートに戻っても、樹はずっと夢見心地なままだった。
幸せだった。これまで生きてきて一番。
心も身体も薫の愛情に包まれて、生まれてきてよかったと心から思えた。
夢はいつか醒める。その時は刻一刻と近づいている。自分をこんなにも幸せな気持ちにしてくれた薫に、お返し出来るものが何もないことだけが残念だった。
いや……。むしろこの後、自分は義兄を傷つけてしまうかもしれない。せっかくの好意を無にするような、すごく恩知らずなことを薫に告げなければいけないのだから。
「樹。疲れてないか?まだ眠いなら、もう少し横になっててもいいぞ」
優しく気遣い、髪の毛を撫でてくれる薫の肩に、樹はこてんと頭を預けた。
「大丈夫。それよりにいさん。叔父さんの所にはいつ……行くの?」
「……一応な、さっき電話して、夕方5時以降なら空いていると言われたよ」
「月城さんも…一緒?」
「……ああ。一緒にだ」
薫の口調がちょっと暗い。
叔父とどんな会話をしたのか、薫は外に出て電話していたから分からない。
きっとあの叔父のことだ。酷い言葉を義兄に言ったのかもしれない。
自分のせいで、義兄が辛い想いをするのは嫌だ。
だからこそ、お別れしなくてはいけない。
もう二度と義兄に嫌な想いをさせないで済むように。
「にいさん。僕も行くから」
「樹……しかし、」
「連れて行ってくれないなら、僕、一人で月城さんに会って話してくる」
薫は押し黙った。
この話は、朝起きてから旅館でもした。
納得していないのだ。
でも、これだけは義兄がどんなに嫌がっても譲れない。
「それはダメだ。一人であいつに会うのはダメだと約束しただろう?」
薫が肩をぎゅっと掴んでくる。
樹はその手に自分の手を重ねて
「じゃあ、連れて行って」
「……おまえは俺のそばから離れるなよ。何を言われても黙っているんだぞ。話はにいさんがするからな」
「うん」
「約束だぞ」
「うん。分かった」
くどいくらい念を押してくる薫に、樹は微笑んでみせた。
「にいさんのそばから離れない。僕は、何も言わない。……約束する」
「……分かった。それなら…一緒に行こう」
薫はまだ固い表情で、それでも渋々承知してくれた。
「樹」
「なに?にいさん」
薫の手が頬に伸びてきて、優しく撫でてくれた。
「俺のそばにいてくれ。これからずっとだ。もし話し合いが上手くいかなくて、少しの間離れて暮らすことになっても、にいさん必ずおまえを迎えに行く。だから待っていてくれ」
「にいさん……」
「約束だぞ」
樹がこくんと頷くと、薫は顔を寄せてきた。
優しい唇が降りてくる。
そっと触れられて、樹は喜びに心震えた。
義兄の包み込むような唇の感触を、自分はずっと忘れない。義兄が触れてくれた記憶の全てを、ずっと忘れずに大切に心の中に仕舞っておくのだ。
……にいさん……大好き。僕を大切にしてくれて、ありがとう。
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