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君のことが好きだから5

「樹。おいで」 薫の静かな声が響く。 樹はぴくっと震えて、でも薫の方を振り返ることは出来ずに、月城の顔を見上げた。 「にいさんの所へ戻っておいで。俺はおまえのこと、ちゃんとわかっているんだ。何か言われたんだな?その男に。だからわざとそんな態度をしているんだろう?」 薫の声はとても穏やかで優しかった。 約束を破って酷い裏切り方をしたのに、自分の名を呼ぶ薫の声は、泣きたいくらい優しい。 ……にいさん……。 じわ……っと目に涙が滲む。 泣いたらダメだ。今ここで、泣いている自分を見せたら、義兄は自分の嘘に気づいてしまう。 身を切るような思いで、優しいあの手を振りほどいたのに。 「月城さん、僕、ちょっと疲れた。奥の部屋に、行ってもいい?」 声が震えないように、涙声になったりしないように、樹は精一杯に甘えた声を出した。 月城はちらっと薫の方を見てから、こちらに視線を落として 「そうだね。君、随分疲れた顔をしているな。おいで。向こうで休もう」 リビングの奥の部屋は、ベッドがあるだけの寝室になっている。 叔父はいつも自分をそこに連れていって抱くのだ。あの部屋には行きたくない。叔父になんか抱かれたくない。 義兄に大切にしてもらったこの身体を、叔父になんか触らせたくない。 それでも、義兄をここから追い出す為なら、今の自分は何だって出来る。 「樹。行くな。こっちに戻っておいで」 「いい加減にしないか。薫。おまえもしつこいな。樹はおまえと一緒にいたくないと言ってるんだ。頭を冷やせ」 それまで黙ってこちらのやり取りを見ていた巧が、呆れたような声をあげた。 「月城くん。それを連れて早く向こうへ行きなさい」 「待てっ。樹、こっちを見るんだ。ダメだっ、そいつと一緒に行くなっ」 立ち上がり、こちらに駆け寄ろうとした薫の前に叔父が立ち塞がる。 月城に肩を押されて、樹は奥の部屋へと逃げ込んだ。月城はドアを閉めて、内から鍵を掛ける。 「これで、いいんだよね?樹くん」 月城の感情のない声が降ってくる。 樹は顔をあげて、無表情のまま月城をじっと見つめて頷いた。 「じゃあ、ベッドに行こう。お義兄さんが帰ったら、巧さんに抱かれるんだよ、君は。その覚悟は……出来てる?」 樹は一瞬、瞳を揺らした。 覚悟は出来ている。 義兄の手をふりほどき、この部屋に逃げ込むということは、つまりはそういうことなのだ。 自分は優しい義兄よりも、あの叔父を選んだ。 もう二度と、義兄の元には戻らない。 樹はもう一度無言で頷くと、言われる前に服を脱ぎ始めた。この部屋の奥には専用の浴室がある。 叔父に抱かれる前に、身体を清めて慣らす為の。 「これ。舐めてて」 月城がセロファンに包まれたピンク色の飴を差し出してきた。樹は口を開け舌を出して、その飴を受け取る。 口の中に広がる甘ったるい香り。 もう少ししたら、舌の上で溶けた薬は、自分のこの哀しみを薄れさせてくれる。 薫との幸せだった最後のひとときは、大切に心に仕舞って鍵を掛けるのだ。

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